大好きな笑顔[2/3]
「めげないんですか?」
局長さんの頬にある少し腫れ上がった傷に絆創膏を貼りながら口をついて出てしまったのは常日頃感じてた疑問。
この人は何故いつも好きな人に虐げられ蔑まされて殴り倒されてもまた。
何度でも立ち上がり日々通い詰めるのだろうか、と。
「めげるよ、オレだって」
「え?!そうなんですか?」
「そりゃそうだよ、オレのこと何だと思ってるのさ、花奈ちゃん」
苦笑している局長さんに私は、さぁ?不屈な人?と首を傾げると。
そりゃないよと局長さんも笑っていて。
「でも、めげたってまた笑顔が見たいってそう思っちまうんだよなァ、不思議だよね」
恥ずかしそうに笑ったその顔を見ていられずに目を伏せて微笑む。
この人にこんな風に思われるのが自分だったら。
そう思うと苦しくなる。
私なら何度だってあなたに笑いかけられるのに。
あなたが欲しがる笑顔はあの人の笑顔。
何だかちょっと。
ううん、相当悔しいけれど。
これが現実だった。
女中として雇われ働き始めてすぐの頃。
風呂場の掃除をしていて泡に滑った私は床に後頭部を打って気絶しかけた。
一緒に掃除していた他の女中さんの悲鳴で駆けつけてくれたのが局長で。
目がうつろで焦点が定まってないだろう私に。
「大丈夫、大丈夫だからね」
泣き出しそうな顔が目の前にチラついて何度も私を励ます。
温かく逞しい腕に抱き上げられてその広い胸に寄りかかる私に。
「頑張って、花奈ちゃん、病院すぐに連れていくから」
頑張れ、頑張れ、と優しい声が聴こえた。
脳震盪の診断が下り念のためと入院させられたらしい私が。
一昼夜の眠りから覚めて見たものは。
私の顔を覗き込み、良かった、と微笑む…、あの心配そうだった顔。
「局長さん、もしかしてついててくれたんですか?」
走ってここまで運んできて、そのままもしかしてついてくれていたの?
驚き目を丸くする私に。
「当たり前でしょ、心配だったもの!良かった、本当に良かった!頭以外痛いとこない?何か食べたいものない?」
よしよしと大きな手で私の頬を撫でながら、目を細めて大きな口で笑う彼に。
その時初めて胸が高鳴ったんだ。
私じゃダメですか?
なんて口が裂けても言えないな。
あの人じゃなきゃあなたにはダメなんだから。
そっとついたため息と共に零れてしまう本音。
「私もめげちゃうかも」
「ん?」
聞こえない様に呟いたつもりだったのに反応する局長さんに慌てて首を振る。
「あ、花奈ちゃん、大福食べる?さっきね、美味しいのいただいたんだ」
私の好きなものが和菓子だというのを知っててくれて。
誰かに貰ったふりして実は自分で買って来てくれている局長さんの優しさ。
誰もがやりたがらないから私が局長さんの怪我手当て係をしていると思っていて。
だからきっとその優しさはその御礼だってわかっているんだけど、ね。
でも、嬉しいから…。
笑って差し出してくれるそれに素直に頷く。
私もその笑顔を見たいから。
うん、めげてもまた立ち上がるんだ。
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