My dearest[3/4]
『エ?嘘?ごっめーん!!』
「…いや」
だって明日だって思ってた、やだ、ごめんなさい!!なんて電話の向こうでバタバタしてる花奈に。
聴こえねえように小さくため息ついた。
久々の非番、今夜そっちに行ってもいいか?と。
いつも通りに電話した夕方のこと。
『今日はお登勢さんの誕生日パーチーなんだよ、銀ちゃんにお前も来いって言われて断われなくて。もう人数に入っちゃってるからさ、あ、トシも行こうよ』
…何かオレついでみてえだろ、ソレ。
「忙しいんならいいんだ、また今度でも」
『そう?』
オイィィィィイ!!!
そこは食い下がって『だったら早めに切り上げるから部屋で待ってて』とか『私は逢いたい』とか言うべきところじゃねえのォォォ?!
「じゃァ、また連絡する」
『ん、ごめんね、トシ、』
その後花奈が何か言い掛けてた気もしたけれど電話を切った。
また万事屋かよ、最近多いんじゃねえの?
なんて絶対言えないことを心の中で毒づく。
彼氏より友達、ああ、そうだ、花奈はそういうタイプだしな。
「珍しいねえ、土方さん。今日はあの威勢のいい姉ちゃんは一緒じゃねえの?」
赤提灯の親爺のからかいは今日は嫌味にすら聴こえてくる。
「もう来ねえかもな、勘定してくれ」
多分親爺から聴こえてきたヒッって息を飲む声はオレの青筋たった顔色を見てだろう。
それから何件か梯子をして歩き、気付いた時には何故か隣に女がいた…、女っ?!
…何で女がオレにしな垂れかかってるんだ、コレ?
ボンヤリと見下ろせば女はオレを見上げてニッコリと笑う。
その笑って下がる目尻が…、ああ、花奈にどことなく似てる気がする。
そうだ、似てたから。
確かさっきの店で隣に座ってた女だ。
気のあるそぶりを見せたこの女の笑顔が花奈に似てた、それだけで。
魔が差した。
『もう一軒一緒に行くか?』
そう声をかければ嬉しそうに頷いてまるで子犬みたいについてきたんだっけか。
「疲れちゃった」
一軒のホテルの前で、ねえとオレの袖を引く女。
「休みてえのか?」
わかっててそう尋ねると女は少しばかり恥らったように頷くけれど、誘っておいて何今更照れてんだよ。
急激に酔いが醒める瞬間。
花奈なら多分、『トシのが我慢できないくせに』と笑ってオレを誘い込む。
「悪ィ、酔いが醒めちまった」
ホテルの前、女に背を向けて踵を返したオレの携帯が不意に鳴り出す。
表示は花奈、一瞬罪悪感に苛まされて、けれど。
未遂だ、何もしてねえ。
つぅか、最初っからきっとできやしなかった。
いつだって花奈の顔がチラついて離れやしねえから…。
歩き出しながら電話を取る。
きっと誕生日会が終わったから、とかそんな電話かも、と。
「もしもし」
『トシ…、今どこ?』
何だか花奈の声のトーンが低くて。
「ア?かぶき町だけど。何かあったのか?」
『飲んでる?』
「まァな」
『一人で?』
ギクリとしてあの女を振り返るともう既にその姿はなくてホッとして。
「一人だけど、どうした?何があった?」
以前として声もテンションも低いままの花奈に胸騒ぎを覚えた。
いつもとは違うその声は。
「トシの嘘つき」
突然受話器越しではなくすぐ横で聴こえたのだった。
飲み屋の暖簾の下、壁にもたれているハイヒールを履いた細い足。
このかぶき町でそんな姿で夜出歩く女といえば。
「花奈?」
暖簾を退けて顔を確認すると。
泣きっ面の花奈がそこに立っていた。
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