コトノハ1周年企画御礼リク[19/21]
「花奈ちゃん!!」
何度思い出して泣いたかわからないその声が。
幻聴ではなくすぐ近くに聞こえた気がして。
振り向いた。
目と目が合った瞬間に悟るのは、退くんが怒ってるということ。
「っ、やっと見つけた」
本物の、退くんだ。
逃げ出そうとした私の前を阻み両手を広げられてゆく手を遮られた。
「逃げないでよ、花奈ちゃん」
真剣な目で私を見下ろした退くんの目を見ていられずに、俯いてしまう。
…好き、だった。
大好きだった。
なのに、彼の元を去ったのは私。
何も言わずに消えてしまったのは私。
「…何で、ここが」
「そりゃ花奈ちゃんの履歴書探して実家の住所調べたらね?」
「もう、実家に、は…」
「うん、さっき行って来たよ。お母さん体調はもう大分いいんだって?良かったね」
…年老いた母が倒れた、と聞いて。
逃げるように屯所を飛び出して実家へと戻った。
退くんに相談しようか、なんて一瞬思ったけれど。
重荷になりたくはなかった。
付き合ってるならまだしも、そんな関係じゃなかったから…。
「仕事、終わったの?」
「はい」
「そう、だったら時間あるよね?」
私の返事を待たずに退くんはどんどん私の手を引き歩き出す。
どこへ?なんて、その横顔に問うことすらできず。
その内ここでいいか、と町外れの川辺に腰掛けるよう促されて。
退くんの隣にそっと腰掛ける。
「半年ぶり?」
「はい…」
「そっか、もうそんなになるんだ」
はぁぁとため息ついて頭をガシガシと掻きながら。
「ここに来るの…、すごく勇気が入ったんだ…。半年もかかっちゃったよ、オレ」
「…」
繋がれたままの手を強く握り締める退くん。
「どれだけ心配したかわかる?ある日突然いなくなって、誰にも…オレにすらも相談もなしに。花奈ちゃん、オレだけなの?君の事」
「ごめんなさいっ」
退くんの後に続く言葉を拒否するように断ち切ったのは。
…もう、二度とあなたの側で暮らせないからです。
母に誓ったの、私はもう江戸には出ない、ここで母と暮らしていくって。
だから…、その言葉の続きが聞きたいようで、聞いてはいけないの。
…未練が、残る。
「…オレの気持ちすら聞いてくれないの?」
「っ…」
「壊れかけのラジオっつーか、壊れ切ってただの金属片になった気分だよ」
退くんの言った意味がわからずにその顔を見ると。
「ずっと壊れてたの、オレ。花奈ちゃんがいなくなってから!!大変だったんだからね?始めはご飯食べれなくて倒れて、夜眠れなくて。しまいには副長に提出した書類いっぱいに花奈ちゃんの名前書いてたり…、どうしてくれんのさ」
ズイッと距離を縮めてきた退くんの顔は冷たそうに見えてしまって。
「…直してよ、君が…責任、取って」
「退、く…」
泣き出しそうになる私に退くんは、ゴメンと呟いた。
「事情は全部お母さんに聞いた。お母さん言ってたよ?自分のために花奈ちゃんが我慢してるって…」
「お母さん、が?」
「江戸に行きたいの我慢してるんだって。たまに帰省してくれればそれでいい、後は花奈ちゃんの好きなように生きて欲しいのにって、泣いてらした」
お母さん…、全部私の気持ちわかって…。
込み上げて来るものを必死に上を向いて堪えると。
「いつかさ、江戸呼んであげたらいいじゃない」
優しい声が聞こえて。
「例えば、さ。江戸で花奈ちゃんが所帯を持ってさ…、お母さんを呼んであげるとか、ね?も、勿論それまでは年に何度か里帰りしたげて、あ、オレも一緒に…アレ?」
涙腺がとうとう崩壊しそう。
「…退くん、私っ」
「オレなんか、どうかな?あの、頼りないかもしんないけど…その」
「戻って…いいの?」
「戻ってくんないと困るよ、さっきから言ってるじゃん、オレの病を治すのは君しかいないんだから」
夕陽色に染まる退くんが恥ずかしそうに笑う。
「君のことが好きです」
「っ…私、も好」
言いかけた言葉は退くんに飲み込まれる。
逢えない日々もずっと。
退くんの声を笑顔を思い出してたの…。
闇猫様御題
山崎
壊れかけのラジオっつーか、壊れ切ってただの金属片になった気分だよ。
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