コトノハ1周年企画御礼リク[12/21]
「あ…」
「…え…?」
目が合ったのが桂さんだと気付いた時には、もう遅い。
修羅場になるのを覚悟した。
皆が寝静まった後、ゆっくりと風呂を浴びていた頃。
今日は長屋へ帰ると言っていたはずの桂さんがガラリと集会所の風呂の戸を開けたのだ。
そうしてきっと脱衣場で私の着替えが入った籠を見たであろう桂さんが。
「佐々木殿、湯加減はどうだ?」
湯煙の中から微笑みながら現れた。
鍛えられた肉体の桂さんに目が釘付けとなり、身体を洗っていた手を休めてボーッとそれに見惚れてしまう。
けれど。
「…アレ?」
鼻血をダラリと出した桂さんが私の身体を上から下まで見て硬直していて。
「あ…」
「…え…?」
そういや、私普段男装してるしと持ってたタオルでバッと胸を隠した。
あの後卒倒した桂さんをどうにか脱衣場まで運んで、浴衣を羽織わせそっと膝の上に乗せて団扇で扇いでいると。
「ここから出ていけ」
静かに響く声。
見下ろした美しい顔には深く眉間に皺が寄っていて。
怒っているのだな、と。
その開かれた目を見つめ返すことなどできなかった。
「…桂さん、…その…」
「佐々木殿、何故そなた男の真似など」
「っ、ここで…桂さんの側で働くには男でないと」
「だからと言って無茶であろう?今までよくもバレなかったものだ」
ですよね、ハハッと笑った瞬間に。
膝の上から起き上がった桂さんが。
「ここから出ていくのだ、佐々木殿。そなたのような若い女にこの場は似つかわしくない」
「…どうしても、ダメですか?私は、私はずっと桂さんに会いたくて、それで」
「オレは女をこのような役目になどは」
「…どうして、女だと攘夷志士にはなれないのでしょうか?」
「っ?!」
「覚えておいででしょうか?桂さん。あなたが攘夷戦争で活躍していた頃に、助けた童のことを」
「…、わからぬ、何を言っているのだ?」
「そうですよね、きっと同じような童はたくさんいたはずですもの。でも、桂さん、この傷は覚えてないでしょうか?」
桂さんに背を向けて、一瞬だけ躊躇って、だけど。
スルリと上半身だけ着物を脱ぎ捨てた。
「っ、佐々木殿っ!!」
振り向けば桂さんは私の方を見ないように背を向けていて。
「…桂さん、見て下さい。この背中の傷を」
紳士的な振る舞いをする桂さんに苦笑してから、もう一度見て欲しいのは背中だと告げると。
やがて静かに振り向く音が聞こえて。
「っ、そなた、その傷は」
「覚えておいでですか?」
見覚えがあるだろうか?
この背中一面の火傷を。
「あの、童であったか」
深いため息と共に桂さんの声が聞こえてコクリと頷いた。
母さん、父さん…。
助けを求める声は轟々と燃えさかる炎の音に打ち消される。
熱いよ、熱いよと泣き叫んでも助けてはもらえない。
その内、目をこらせば既に息絶えている母と父の姿が目に入る。
どうして?と駆け寄ろうとした私の上に焼け落ちた梁が落ちてきて。
熱さと痛さと重みで。
子供ながらに、ああ、死んじゃうんだ、って思った。
だから女の人のようにキレイな男の人が私の上から梁を退けて抱き上げてくれた時は。
きっと神様がお迎えに来てくれたのだと思った。
「だから、私はあなたのお役に立ちたいんです」
村全体を焼き討ちしたのが天人であなたはそれを助けに来てくれて。
「っ、あなたに会うために私は今までっ…」
剣を取り、男として生きてきたのに。
振り返り抱き縋ると、困ったような顔で私に着物を羽織わせてくれて。
「…そなたは女なのだ、それを知った今例えどのような理由があろうともここに置くことはできぬ」
まるで子供をあやすかのように優しく私の頭を撫でて抱きしめてくれる手が。
あの時のよう。
『遅くなってすまぬ』
そう言って私の手当てをして、その傷の深さに泣いていた人。
「ではどのような方法があるというのですか?あなたの側にいるためには」
一歩も引きません、と詰め寄る私に困った顔をする。
「佐々木殿、下の名は何と申す?」
「花奈、です」
「花奈殿、そなたは蕎麦を打てるか?」
「蕎麦打ですか、経験はありますが」
「長屋の近くに旨い蕎麦屋があるのだ、ちょうど店員を募集していて」
「やはり出て行け、と」
「…オレの側にいたいと言っただろう?」
「ええ」
「だったら、そこで働いていて欲しい」
意味がわからずにじっと見上げた先で。
「オレは蕎麦には目がなくてな、よくそこに通っているのだ。丁度オレの住む長屋の隣も空いているのだが」
「桂さんっ」
「ここには、置いておけぬ。間違いがあってからでは遅い」
朝にならぬ内に出るぞ、という桂さんに。
もう一度抱きついた。
「花奈殿、前が開いておる!!!」
鼻血を垂らして焦る優しい狂乱の貴公子様に。
ずっとついていきますから。
お側に、ずっと…。
樹林様御題
桂
ここから出ていけ
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