甘い罠[5/6]
…何時?
ドタバタと騒がしい。
私はきっと泣きつかれてそのまま眠ってしまったようで、布団の上でかけ布団もかけずにうつ伏せになっている状態で目が覚めた。
時計は3時、朝の支度にもまだ早い。
「…怪我人は?!」
「5人です、軽傷3人、重傷2人」
あ、事件?
聞き耳を立てる。
「4人は病院で診てもらってますが、1人は部屋で寝てれば大丈夫だってきかなくて、重傷だってのに」
「誰だ、そのバカは!!」
「隊長です!沖田隊長!!」
今、何て?
スパァンと襖を開ければ、そこに立っていたのは山崎さんと土方さん。
「花奈?すまねェ、声うるさかったか」
土方さんが小さな声でそう言ったけれど、その言葉には答えずに走り出す。
重傷って、「重い傷」って書くヤツでしょ?
普通病院で手当てとかして入院とかなっちゃうやつでしょ?
心臓が口から飛び出しちゃいそうだ。
耳の中でもドクンドクンいってる。
目指すその部屋にようやく辿り着いて、開けてみれば。
暗闇の中でこんもりとした布団が目に入る。
「沖田さん…?」
震える手でその布団をそっと剥いで見れば、隊服のまま丸まって脂汗を掻いている姿が目に入った。
白いシーツに血溜まりが出来ている。
「沖田さん、やだ!!!」
「…うるせーよ、ちょっと腹刺されただけでィ、寝てたらくっつくからほっといて下せェ」
暗闇の中で苦しそうな息遣いとしゃがれたような声が聞こえた。
「くっつきません、くっつかないからァ!!お願いだから病院行きましょう?」
「やだ」
枕に手を伸ばし、それを抱きしめている。
痛みを逃しているんだろう。
「やだ、って子供じゃないんですから!」
「…だって、お前出てくだろィ、目離したら」
「は?」
意味がわからずに聞き返せば、
「オレ置いて行っちまうだろ」
…バカじゃないのか、この人のその理由は。
「行きませんよ?…沖田さんの側にいますから」
呆れた。
あまりに可愛らしいその理由に。
安心させるように柔らかな彼の髪をそっと撫でてやれば、片目を開いて苦しそうな顔で私の顔を見ていた。
「何で、だよ?…ヒデェことしたってのに」
あ、ヒドイことってのはわかってるんだ。
そう思うと少しだけ頬が緩む。
「…きっと、私が捨てられたくないのかもしれないですね、沖田さんのオモチャで、いたい、な」
「また泣かしてまうかもしれやせん」
「日常茶飯事ですよ?」
「それでも…側にいてくれやすか?」
「…います、だから一緒に病院行ってくれませんか?…死なれたら一緒にいれないですし」
ね?と微笑んだら。
「…何てブサイクな面で泣きやがるんでィ」
そう可愛らしい顔で微笑んで、
目を、閉じる。
微笑みを浮かべたままの、静かな寝顔…。
「沖田さん?」
暗闇の中、私の声だけが響く。
「イヤァァァ!!!沖田さん、沖田さん、沖田さーーーーーーーん!!!!!!!」
屯所中に響き渡った泣き声は、あまりにも悲痛な声だった、とあの後皆が言っていた。
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