甘い罠[3/6]
「そこの雌ブタ、止まりなさい!…オイ、コラ。止まれって言ってんだろ?あ?いい度胸じゃねェかィ、パンツがピンクのフリフリのくせに」
「や、止めて下さい、お願いだから!!!」
買出しで歩いていれば、背後から『雌ブタ止まれ』という聞きなれた声がスピーカー大音量で届く。
恥ずかしさのあまり無視して足を速めれば。
どんな下着かまでバラされる。
「乗りなせェ」
「ハイ?」
「アンタの足で買出ししてりゃ屯所に辿り着くのが夕飯をとうに超えてしまいまさァ。今日の魚が台無しでィ」
魚の発泡を紐で縛って氷も入っているから結構な重さになっているソレを指し示す。
「あ、じゃあ魚だけ乗せていただいてもいいですか?私は歩いて」
「あ?」
「…の、乗ります、乗せてください」
逆らっちゃイケナイ時の目だ。
この間はソレに逆らったがために、いきなりあられもない格好に縄で縛られて吊るされた。
人目のつかない場所だったけれども、偶然煙草を吸いに来た土方さんに発見されて助けられて。
恥ずかしくて泣きそうで。
「…すまねェな…、また総悟だろ」
土方さんは沖田さんの親代わりなんだろうか、いつも代わりに謝ってくれるけれど。
だったら私に謝るんじゃなくて、この人躾けて欲しいんですけど!!
「仕事にはもう慣れたみたいだな」
ん?珍しく仕事の話?
「は、ハイ、おかげさまで」
アナタのおかげではない。
「だったら続けろィ、給料だってそんな悪くねェはずだ」
「そうですね、十分いただいておりますし」
「なら、何が不服だ?」
…さっきの転職本の話らしい。
「不服なんか」
「オレだろ?」
「う、うえぇ?!め、滅相も無い!!!」
「へっ、わかりやすいやィ!!」
ニヤリと笑って、何故か私の頭に手を乗せる、片手運転、片手運転ですよ、お巡りさん!!
「我慢しろィ、お前はオレのオモチャなんでィ」
「はぁ?!オモチャァァァ?!」
「そうでィ!…オモチャがあっから屯所帰るのが楽しみになったんでィ」
へ?
いつもよりワントーンだけ優しくなったその口調に沖田さんを見れば。
不思議といつもよりも優しい笑顔に見えて。
「だから花奈は屯所にずっといたらいいんでィ」
頭に乗っていたその手はゆっくりと私の頬に触れ、そして親指でそっと私の唇をなぞる。
な、何?!
パトカーが信号で止まった瞬間に、グイっと頭ごと引き寄せられて。
温かい何かが唇に押し付けられた。
驚いて目を瞑ることすらできなかった私の目にその時飛び込んできたのは間近で見る端正な顔立ち。
ほんの5秒にも満たないその温もりは信号が青になった瞬間に離れた。
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