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さよならなんかは言わせない[4/6]

そっと電柱の影から見上げたのは万事屋の看板。

一目だけでも会えたらな、と。

あの人が出てくるのを待っていた。

ゴメンね、銀ちゃん、今までいっぱい迷惑かけて。

本当は嫌がってたのわかってた。

だけどそれでも側にいたかったんだ。

『もう心配ねェからな?』

泣きじゃくるあたしを落ち着くまで抱きしめてくれた。

甘い匂いのする胸の中にいると何だかホッとして、この人がいいな、って思った。

初めての恋なんかじゃなくて今まで好きになった人も付き合った人もそれなりにいたけど。

銀ちゃんだけは何か違ったの。

何もいらないから銀ちゃんだけ下さいって神様に願っちゃうほど。

銀ちゃんの迷惑そうな顔目に入っても、それでも側にいたらきっとあたしのこと好きになってくれるかも、なんて。

…そんなんだから。

自分のことしか考えてなかったから、ね。

罰が当たったんだと思う。

頬にそっと触れると傷を覆うガーゼが当たる。

残っちゃうんだって、傷。

薄くはなっても消えないんだって。

化粧で誤魔化せてもスッピンだとわかっちゃうだろうって。

あたしだって女の子だから、こんな傷があったら気持ち悪がられちゃったら悲しいし。

それに、事件を知ったら銀ちゃんは自分を責めるかもしれない。

あの時捕まえてくれた下着泥棒が、あの日。

『よくもあんな目にあわせやがって』

帰宅し玄関の鍵を開けるあたしの頬に当たるのはナイフ。

『部屋を開けろ』

震える手で鍵を開けられて雪崩れ込むように押し倒された玄関先で。

『お前のせいで家庭も仕事も全部失ったんだよ、クソッ』

そう言いながら、あたしに馬乗りになって着物の袷をグイッと開いて。

『フッ…、やっぱ下着通りいい胸してやがんな』

その歪んだ笑顔が恐怖で気付くとあたしは男を突き飛ばし悲鳴をあげていた。

隣の住人や近所の人たちがそれに気付いて駆けつけてくれて男は取り押さえられたけれど。

『大丈夫ですか?!』

そう言われて気付いたのは自分の足元にできていく血溜り…。

頬を抉ったナイフの跡…。

一人暮らしなんてもう怖くてできなかった。

傷の縫合のために少し入院して後はホテルから病院に通院した。

あの部屋に戻る気になれなくて…。

そのまま引き払ってもらう手配をして、今日の午後の便で田舎に帰ろうと思ってた。

二度と銀ちゃんに会えなくなるんなら、あの部屋にある銀ちゃんと撮った写真だけでも持ってきたかったけど。

「どうされたんですか?花奈様」

ひょこっと電柱の影にいる自分に気付いて声をかけてくれたのは、たまさん。

「たまさん、お買い物?」

「ええ、お登勢さまに頼まれたタバコを買いに。最近花奈様をお見かけしてませんでしたが、どうなされたんですか?お顔」

たまが指摘したカーゼを隠しながら。

「うん、ちょっと転んじゃったの」

「お怪我をされてたんですね?それで銀時様のところに来ることがなかったのですか?」

「うん…」

たまさんは何でもストレートに聞いてくるし言ってくる。

嘘なんか見通されてるみたいだ。

「銀時様をお待ちですか?」

「あ、えっと…」

マズイ、それだけは知られたくない。

「万事屋のお仕事があるとかで今朝ほど皆で出かけて行きました。帰りはそのまま焼肉を食べて帰ってくるそうで、お登勢様がそんな金があるんならとっとと家賃を払って欲しいと怒っておられました」

…あ…。

「銀ちゃん、いないんだ」

どおりで待ってても出て来ないはずだ。

「ありがとう、たまさん!教えてくれて」

「?花奈様、どちらに参られるんですか?」

「ちょっとね、今までありがとう!たまさん、お元気で。お登勢さんにもそうお伝え下さいっ」

ペコッと頭を下げて手を振るとたまさんは不思議そうに首を傾げていて。

「花奈様もお元気で」

わかってるのかいないのか手を振って見送ってくれた。

…もう、逢えないんだ。

逢いたかった、なぁ…。

歪んだ景色を正すためにゴシゴシッと目を擦った。


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