「特級呪霊と握手したぁ?」

相も変わらずヘラヘラと笑う五条先生に、私は熱いお茶を差し出しながら呆れ返って言った。
東京都立呪術高等専門学校。その事務員として働き始めて早半年。何故か私は最強の呪術師・五条悟大先生に気に入られ、こうして月に二〜三度、彼が買ってきたご当地スイーツを一緒に食べるという奇妙な関係に陥っている。
今日のお土産は京都の老舗菓子店で売られている琥珀糖だ。宝石のようにキラキラと輝くそれを箱から取り出しながら、私は思わず零しそうになる溜息をグッと飲み込んだ。当の五条先生はと言うと「いやぁ参っちゃうよね」と顔を赤くして頭を掻いている。いやいや、なに照れてるんデスカ。

「僕ってばあっちでもこっちでも大人気みたいでさ。そのうち呪霊からサイン求められる日が来ちゃったりして」
「......初めて会った時から変わった人だなぁと思っていましたが、まさかここまで変わっているとは思いませんでした」
「え、なんか引いてない?なんで引くの?なまえちゃん、なんかいつもより遠いよ?」

いつもよりほんの少しだけ遠い所からお菓子を差し出せば、彼は慌てたように距離を詰めてくる。事務椅子をギコギコ鳴らして近付いてくるその様子は、到底二十八歳とは思えない幼さだ。なんで、ねぇ、なんでと幼稚園生のように繰り返す五条先生に、私は渋々口を開く。

「あんまり気軽に呪霊に触れるのは良くないんじゃないかなーと思って。変なモノを貰わないとも限りませんし...」
「えぇ〜?だって接近戦になったら拳でどつくのは仕方なくない?」
「そういうんじゃなくて...。なんと言うか、自分から「握手しよー!」って触れ合いに行くのは違うんじゃないですかって話です」
「...え?もしかしてヤキモチ焼いてる?」

やだーちょっとうれしー、と茶々を入れる五条先生を私はジト目で睨みつける。この人は何を聞いていたのだろう。ちゃんと私と話す気があるのだろうか。

特級、しかも未登録の呪霊との接触がどれほど危険か、自分が一番分かっているはずなのに、目の前の男は「だってそれが一番手っ取り早かったからさー」と余裕の表情でお菓子を摘み上げる。本当に危機管理が欠如した人だ。思ったままそう口にすれば「あ、それ相手の特級にも言われた」と五条先生は感心したようにこちらを指さした。
淡い桃色の琥珀糖をぽいと口の中へと放り込み、彼は「あーぁ」と背もたれが壊れそうなほどその長躯を反らせる。ギッシギッシとわざと椅子を揺らす所がさらに子供っぽくて、なんでこの人が呪術師最強なのか心底疑問に思った。

「真面目に仕事してるのに、なーんか最近怒られてばっかだなぁ...。なまえちゃんももう少し僕に優しくしてくれても良くない?」
「......夜蛾学長に「五条を甘やかすな」と口を酸っぱくして言われてますので」
「えぇ〜?僕はこんなになまえちゃんの事甘やかしてるのに」

「酷いなぁ」と目隠しを下げた五条先生が、口を尖らせて私の方を見つめる。ハッとするほど明るい水色の瞳はまるで机の上のお菓子のように甘やかで、思わずごくりと唾液を飲み込んだ。
骨張った指が伸びてきて私の指先にそっと触れる。慌てて手を引っ込めようとすると、それより早く五条先生が私の手を掴んだ。私の手をすっぽりと覆ってしまうほど大きな掌は、嫌でも彼が異性であることを思い出させる。

「こんなふうに触れ合うのは君だけなんだけどな」

熱っぽく囁かれた言葉にぐんぐんと身体の熱が上がっていく。慌てて離そうとしたが、しっかりと握りこまれた手は簡単には振り解けそうにない。

「今度呪霊と握手する時は絶対になまえちゃんに言ってからにするから。だから、ね?機嫌直してよ〜」
「っ、なに次のドラマで濡場がある俳優みたいな事言ってるんですか!そんな約束いりませんから離してくださいっ!」
「嫌でーす!機嫌直さないとこのまま手繋いで校内練り歩いちゃうぞ♥」
「学長ー!助けてください、学長ー!!」

「そんなに照れなくても」と子供のようにはしゃぐ五条先生を睨みながら、私は彼と手を繋いだというその特級呪霊に思いを馳せる。きっともの凄い屈辱感を味わった事だろう。分かる。
そんな私を気にも止めず、五条先生は水色の琥珀糖を摘み上げる。自分が食べるのかと思いきや、なんとそれを私の唇に近付けた。

「ほら、アーンして。せっかくなまえちゃんのために買ってきたんだから」
「結構です!五条先生が帰った後、一人でゆっくり頂きますから!」
「まぁまぁそう遠慮せず。甘くて美味しいよ」

「アーン」と再び言われると、それ以上抵抗するのも面倒に感じられた。もうどうにでもなれと投げやりな気持ちで口を開けば、五条先生はゆったりと目を細める。
明るい水色の瞳に見つめられる中、キラキラと光る砂糖菓子が私の口に吸い込まれていく。「美味しい?」五条先生の言葉に黙ったまま頷けば「そう、良かった」と長い指が私の顎をすくい上げた。

「それじゃあ、僕ももう一個たーべよ」

近づいてくる唇を、私は上手く避ける事が出来るだろうか。

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