「お嬢さんには特別な才能があります」

名前だけの自己紹介を済ませるなり、夜蛾と名乗った男は大真面目な顔で私たちにそう言った。
リビングの机に並べられたパンフレット。そこに書かれている学校名は見たことも聞いたこともなかったが、“学校の先生がわざわざ家まで推薦の話を持ってきた”という事実は、見栄っ張りな母を十分有頂天にさせていた。

「全寮制の学校ですので御家族とは離れて暮らすことなりますが、学費や教材費等、掛かる費用は全額学校が負担致します。実習を多く取り入れた授業は危険も伴いますが、たとえ学生でもそれ相応の給金が支払われます。卒業後のサポートも万全です。お嬢さん……――なまえさんの内に秘められた力を、本校独自の教育で開花させたいのです」
「まぁ、まぁ、まぁ!」

夜蛾の説明に、母は一人で大盛り上がりだった。なんの取り柄もない娘を手放せる事が余程嬉しいらしく、いかに自分の娘が出来損ないか、また、育てるのに苦労したかを早口でまくし立てる。

「昔っから変な事ばかり言う子でした。頭が三つあるお兄さんがついてくるとか、変な羽の生き物に追いかけられたとか。勉強も運動も他の子の半分も出来なくて、どこか専門の機関に預けた方がいいんじゃないかとずっと心配していたんです」
「大丈夫ですよ。僕たちがちゃんとサポートしますから」

そう口を開いたのは、夜蛾の隣で美味そう紅茶を啜っていた夏油という青年だ。狐のように細い切れ長の瞳で母を見、人の良い笑顔でゆったりと笑いかける。

「僕は今一年生ですが、もし来年度なまえさんが入学してくれば彼女の先輩になります。困ったことがあればいつでも手助けしますよ。こう見えても僕たち、結構優秀なんです」

なぁ、悟。と夏油はリビングを散策していたもう一人の青年に顔を向ける。悟と呼ばれた白髪の青年は、壁にかけられた絵を眺めている所だった。
オデュッセウスに杯を差し出すキルケー。レプリカだが、母のお気に入りの一枚である。

「悟って」

夏油の再びの呼び掛けに、五条と名乗った青年は「あぁ、そーだね」と適当な言葉を返す。こちらの話に興味がないと丸分かりな返答だった。

「まぁ!お二人のような素敵な先輩がいてくれるなら安心だわァ!」

外用の高い声で話す母に、私は黙ったまま眉を寄せる。母は特別なものが好きだ。人も、物も。教員である夜蛾は別として、見目麗しい青年二人を気に入ったのは誰の目から見ても明らかだった。


その後も、なまえと五条以外の三人で話し合いは進んだ。入学は来年の四月。特に準備するものはなく、本当に身一つで来て欲しいと言う。

「...−では、我々はこれで。詳細は追ってご連絡します」

そう言って夜蛾と夏油が立ち上がった時、母は既に入学関係の書類全てに署名捺印を済ませた後だった。「春からよろしくお願いします」そう頭を下げる母と共に、私も形だけ頭を下げる。

「じゃあね、なまえちゃん」

そう言って、夏油がひらひらと私に向かって手を振る。手を振り返さないと後でまた定規が飛んでくる気がして、私も小さく手を振り返した。
そんな私たちを白髪の青年はつまらなそうに見つめる。目が合うとべぇと舌を出し、ふいと背を向けた。きっと気付いたのは私と夏油だけだろう。目敏い母にも見抜けぬ早業だった。

驚いているうちに、ガチャンと音を立てて玄関のドアが閉まる。上機嫌な母親とは対照的に、私はなんとも言えない複雑な気持ちだった。
母と離れられるのはいい。しかし、今の三人はどう見ても胡散臭かった。あんな人達のいる学校に自分のような人間が行って大丈夫なのだろうか。

考えるのを止め、私はとぼとぼとした足取りで二階への階段を上がっていく。自室の机の上には、やらなければいけない課題がまだまだ残っていた。





「マジで入学させんの?」

五条の言葉に、寿司を摘んでいた夜蛾と夏油は思わず顔を見合わせた。夜蛾の隣に置かれた書類鞄には、偽の学校パンフレットと共にみょうじ母の書いた入学同意書が入っている。

「そうだよ。だからこうして、美味しいお寿司を頂いてるんじゃないか。先生の奢りで、彼女の入学が決まったお祝いにさ」
「本人いねーのに?さみぃんだよクソが」
「汚い言葉を使うな。せっかくの寿司が不味くなるだろうが」

俺の金なんだぞ、と二人を睨む夜蛾に、五条はイライラと大トロに手を伸ばす。常連である彼には食べ慣れた、なんの面白みもない味だった。
熱い茶をすすりながら夏油が口を開く。

「非術者の家系から術者が出るのは珍しい事じゃない。とはいえ、悟の心配もわかるけどね。術師としてやっていくには、彼女はあまりにも“普通”過ぎる」
「別に心配はしてねぇよ」
「そんなこと言って。本当はちょっと気に入ったんだろう?悟は好きな子をわざと苛めて泣かせるタイプだもんな」
「黙れって」
「お前たちゴリ押しコンビと一緒にするな。どんな術師も、最初は低級呪霊を相手に戦いを学んでいくんだ」
「ハイハイすいませんね、生まれながらに最強で」

薄紅色のガリをボリボリと齧りながら、五条がしらけたように言う。高級寿司店にはそぐわない、小学生のようなふるまいだった。そんな親友を笑いながら、夏油は楽しそうにオレンジ色に輝く雲丹を見つめる。

「それにしても、いいバイトだったなぁ。先生の隣でニコニコしているだけでこんなにいいお寿司が食べられるなんて」
「...ああいう人種には、お前たちのような奴が適任だろう」

ああいう、とはみょうじなまえの母親の事だろう。夜蛾の言葉に、五条はおぇ、と吐く真似をする。

「俺、あのオバハン嫌い。やっすい香水プンプンさせやがってさ。鼻もげるかと思ったわ」
「それはまぁ同意。でも、もし彼女が本当に高専に入るならそれはそれで楽しみかな」
「はぁ?何が?」
「彼女がどう変わっていくか、だよ」

ぱくり。雲丹を口に運び、夏油は言葉を続ける。

「青虫がサナギになるように、サナギが蝶になるように。彼女の変化が楽しみだね。悟が興味無いなら僕が貰おうかな」
「サナギにもなれないまま死ぬかもよ?こう、内蔵ぐちゃああって撒き散らしてさ」
「どうかな?もしかしたら彼女の非力な羽ばたきが大きなトルネードを起こす事になるかも知れないよ」
「そんなんありえねーに一万ジンバブエドル」
「もう帰るぞ。全く、折角の寿司が台無しだ」

そう言って席を立つ夜蛾に、夏油と五条はなおも無駄話をしながら立ち上がる。高級寿司は三人で五万に少し届かない位だった。

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