静睹

まだ桜の花が硬いつぼみであった頃。写真付きの名簿で始めて彼を見た時「あぁ、なんてかっこいい男の子なんだろう」と素直に思った。

こっくりと深い肌の色に、ミルクティー色の髪と蒼い瞳。日本人離れしたその容姿は外国の血が入っているかのようで、目立つ見た目は良くも悪くも他人の目を引くだろうと容易に想像が出来た。

「入学してすぐだったかな。見た目のことで絡んできた不良を一人でみーんなのしちまって。理由が理由とはいえ指導で呼び出せば、すました顔で「正当防衛です」って言うんだよ。喧嘩は強いわ、頭はキレるわ、さらに顔までいいんだから困ったもんだ」

まぁ、学年が上がるにつれてだいぶ丸くなったがな。
杉本先生の言葉に私は「そうなんですね」と頷く。副担任とはいえ、始めて受け持つ生徒に問題児がいるのは不安だった。
四角く縁取られた写真の中央に無表情で佇む青年。他の生徒よりずっと大人びて見える彼の顔と名前を、私は自身の記憶にしっかりと刻みつけた。

始業式の日、彼は幼馴染だという諸伏景光の道連れで、クラスの副委員長となった。友人や担任に向かって不服を唱える姿は年相応の男の子で、彼が思ったほどの問題児でなかった事にホッとしたのを覚えている。
直接言葉を交わす事は少なかったが、それでも授業中に目が合うことは多かった。テストの成績も良く、学級委員の仕事もそつなくこなし、重いものを代わりに持ってくれたりもする。
「本当に丸くなったんだな」と、そう思っていたのに...。


その手紙は、夏休みが開ける一週間前に届いた。
学校に届いた郵便物やFAXは、事務員によってそれぞれの机上に配られる事になっている。職員室のデスクの上、無造作に置かれた数枚の手紙の中に、そのシンプルな封筒はあった。

なまえみょうじ様。そう書かれた文字には見覚えがある。これが彼からの手紙だという事は、すぐに気がついた。職員室で読むのはまずいと判断し、はやる気持ちを抑えて手紙を手帳に挟み込む。職員会議と教材の片付け、新学期の準備を終え、一人暮らしのアパートに戻ってやっと彼からの手紙を開いた。
最後まで黙読し、ゆっくりと目を瞑る。

『僕は今、嵐の真っ只中にいます』

最後の一文に、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。

どうして私なのだろう、というのが一番最初の感想だった。頭脳明晰、成績優秀、容姿端麗な彼が、なぜ私に好意を持ったのか。ぐるぐると考えて、一つの結論に達する。

人を好きになるのに、理由はいらない。なぜなら、それが恋というものだからだ。自分ではどうすることも出来ないから、人は恋に苦しむ。
彼は今、人生で始めて人を好きになり、どうしたらいいか迷い、苦しんでいる。
その相手が、私。

あの日の彼の視線が、吐息が、唇の感触が鮮明に蘇る。
ときめかなかったと言えば、正直嘘になる。ラブレターだって、本当は嬉しかった。しかし、それ以上受け入れるわけにはいかなかった。教師と生徒という関係を壊すわけにはいかない。
優等生だと思っていた彼が、目の前で男になったあの瞬間。見下ろされ、凄まれる恐怖のなかに少しの期待があったことを、否定できなかった。身体が熱くなったのは夏の暑さだけでは無い。逃げ出したのは、最後の理性だった。

「嵐の真っ只中、か...」

激しい嵐を宿した蒼い双眸から、私自身もまた逃れられないのだった。

(静睹...せいと。静かに見つめる。または見つめられている。作者造語)
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