貪欲に満ちた木漏れ日


じん、重い頭に鈍く響く痛みに、私は目を瞑ったままゆっくりと意識を浮上させた。
風邪でも引いたかな。思い浮かんだ言葉をいや違う、とすぐに頭の中で打ち消す。喉に残ったアルコールの苦味に、思わずンンッ、と咳払いをした。

いつもより狭い気のするベッドでもぞもぞと手足を折りたたみながら、私はぼんやりと昨夜の事を思い出す。
急にサシ飲みに誘われ、“あの人”と共にオススメだというお好み焼き屋へと向かった。綺麗に掃除された車内。店に着くなりあれよあれよと酒を追加され、自分だけが中ジョッキを空にしていった。仕事を褒められたことで有頂天になり、言わなくてもいい事まで口走った気がする。しかも、会話の内容は殆ど覚えていない。

...もしかして、何か迷惑をかけたのではないか。
そう思うと、身体中に嫌な汗をかいた。年に一度、生徒会が主催する『好きな先生アンケート』で毎回一位を獲得する“あの人”。酔ってベロベロになっている所をみられたかと思うと、今すぐ死んでしまいたい気持ちになる。司書教諭という地味オブ地味な存在である自分が“あの人”の視界に入り、さらには酔って酷い醜態を晒したかもしれないと思うと、痛い頭がさらに痛みを増した。

とはいえ、今日は土曜日だ。学校は休みだし、私は“あの人”の連絡先さえ知らない。厳密に言えば、冷蔵庫には教職員用の緊急連絡簿がマグネットで止めてあるけれど、こんな事で休日の朝から電話をかけるのも申し訳ない気がした。
月曜日、また会った時に謝ろう。そう決意して、はぁ...と酒臭い息を吐き出した。乾いた身体が水分を欲している。今はとにかく...、

「お水飲みたい」

頭の先までスッポリと布団を被ったままそう呟けば、ぼんやりと部屋に溶けるだけの独り言に誰かが「水だな」と返事をした。
えっ?と思わず布団を跳ね除ければ、そこにはキッチンへと消えて行く広い背中がある。ネイルやヘアゴムでごちゃついたローテーブルには、私の本棚から抜いたのでろう文庫本が読みかけのまま伏せて置かれていた。
カーテンの隙間から漏れる陽光を浴びてキラキラと輝く金と赤の髪。カタン、パタンと冷蔵庫を開け閉めする音が聞こえ、ミネラルウォーターを持った“あの人”が私のいるベッドへと戻ってきた。筋肉質な腕でキャップを捻り「零さないようにな」とその飲み口を私の口に近付ける。その自然過ぎる動作に不自然を感じた。

「いや、ちょっと、ちょっと待って、ちょっと待ってください!」
「む?どうした?」
「どうしたもこうしたもないです、どうして私の部屋に煉獄先生がいるんですか?!」

私の言葉に、煉獄先生はペットボトルを持ったままキョトンと目を丸くする。しかし、次の瞬間にはふっと目を眇め、サイドボードに冷えたボトルを置いた。
「なんだ、そんなことか」ベッドに腰掛け、その大きな手で私の手を包み込む。無骨な指に薄い手首を撫でられ、心臓がどきどきした。

「…−記憶はなくとも身体のほうは覚えているのではないか?」

その低い囁きに、私は思わず先生の手を払い除けた。慌てて胸元を確認したが、昨日から着たままのワイシャツはきちんと上までボタンも止まったままだ。スカートも、その更に下に着たストッキングや下着にも違和感はなかった。

「な、何もして無いですよね?!」

叫ぶような私の言葉に煉獄先生は「さぁ、どうだろうか」と膝に頬杖をつきながら面白そうに笑う。

「何せ俺はもう君の彼氏だからなぁ」
「か、彼氏…?!」
「あぁ。だから寝ている恋人にちょっかいを出してもなんの問題もない」

なんの問題もないわけがなかった。首元まで布団を引っ張りあげながら、私は顔を真っ赤にして叫ぶ。

「問題だらけですよ!そもそもいつ私が先生の恋人になったんですか!」
「君が自分で言ったんだろう。「俺が彼氏に立候補したら付き合ってくれるか?」という俺の問いに「いいですよ」と」
「そ!んな…」

わけがない、とは言い切れなかった。何せ自分は酔って記憶がないのだから、一滴も飲んでいない彼の言葉の方が説得力がある。ような気がする。

「これからよろしくな。とりあえずシャワーでも浴びて朝食でも食べようか?...なまえ」

そう言って立ち上がる煉獄先生に、強い目眩を感じた。


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