短編 | ナノ
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初めてそれを考えたのは病床でのことだった。
白い部屋は思考を狂わせる。
普段の幸村なら考え付きもしないことだ。
彼は案外上昇思考である。

勝利の連鎖はいつか途切れる。きっと永遠に続くことは無い。
だから今まで1ゲームも取られなかったのは奇跡に等しいのかもしれない。
負けたら、もしも負けたら、敗北を味わった自分は一体どうなってしまうのだろう。
それはどんなに考えても幸村の中で形になることはなく、消化しきれない靄の掛かった感情だけが取り残された。
そしてそのやりきれなさは時折幸村を苦しめ、一層勝つことに拘らせた。
一度敗北を期すれば絶対的な勝利者としての自分の価値が揺らいでしまう。
幸村は密かにそれを恐れていた。

それを、あの少年に見抜かれたというのか。
自分自身さえ普段は意識していないようなわずかな翳りであるはずなのに。

「……そうかも、しれない」
「え?」

自身の恐れを認めた幸村の声は越前には届かなかったらしく、少年は首を傾げた。

「越前君」

少年の問いには微笑みだけを返し、幸村は握手を求めて手を差し出した。

「また試合をしよう。そうだな、今度はもっと楽しく」

答える代わりに彼は小さく頷く。
しかし、次は俺が勝たせてもらうよ……。
口に出さずに飲み込んだその言葉は幸村の新たな決意だった。
負けを知った人間は強い。ふと、昔誰かに言った台詞を思い出した。


身を翻してチームのベンチへと向かう。
部長の留守を待っていた部員たちは、幸村の表情を見てどこか安堵したようだった。
幸村は彼らに、とりわけ自分に心配そうな眼差しを向けている彼に向けて、そっと目を細めた。
ああ、また彼は眉間に皺を寄せている。

「みんな、すまない」
「部長! オレ感動したっス!」

切原が泣きながら駆け寄ってくる。
一体いつから涙を流していたのかと驚くほどにくしゃくしゃの顔で。

「そんなに泣くものじゃないよ」

俺は皆の期待に応えることができなかったのだから、と諭す。
しかし切原は期待とか優勝とかはもう関係ないのだとしゃくりあげていた。

「幸村」
「……真田」

ひどく苦い顔をしていた真田はまだ自分たちの負けを認められないのかもしれない。
とても申し訳ないことをしたと幸村は心が痛んだ。
彼にこんな表情をさせたくはなかったのに。
しかし、ややあって幸村にタオルが差し出される。無骨な、真田の手。
ありがとうと受け取った瞬間に、視界が歪みそうになる。

「暑いな、今日は」

慌てて独り言のように呟いて空を仰ぐ。
幸村の白い首筋には汗が滲んでいた。





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2010/08/16


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テーマ「人外ファンタジー」
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