短編 | ナノ
若葉の頃

五月になったばかりだというのに、暑い日が続いている。
柳は昼休みの時間を利用して図書館へと足を進めていた。
立海大附属の敷地は広く、中学の校舎から図書館までは相当な距離がある。
そのため限られた休み時間の中で本を貸し借りしなければならず、必然的に移動時間の無駄を省くことが重要になってくる。
汗ばむ額を拭いつつ、柳は目的地へと焦点を絞り、まっすぐ歩いていた。

このまま行けば予定通りの時間に図書館に着くことができるだろうと推測する。そしてそれは一瞬の気のゆるみだった。
ふと、柳は裏門へと続くその道に目をやった。
そこに見知った、いや非常によく知っている人間が居たのだった。

「仁王」

無意識に柳はその人間の名を呟いた。そればかりでなく、足を止めてしまった。
仁王はいつも通り、昼寝でもしているかのような気ままさではあったが、柳に声を掛けられてびくりと肩を震わせた。
彼にしては珍しいその挙動に、柳は違和感を覚える。

「柳か」
「今、何を隠した?」
「いや別になんでもないきに」

そう言われると得てして人は隠されたものを見たいという心理が働くものである。
柳は有無を言わさず仁王の横をすり抜けて後ろ手に隠されたそれを見つけた。
仁王は小さく「あ」と声を上げたが、諦めというべきか彼の潔さでそれ以上の抵抗はしなかった。

「……猫か」
「猫じゃ」
「しかも野良猫だな」
「野良猫じゃ」

仁王の足元にいたのは、白を基調とした毛並みに黒と茶色の模様が混じった、いわゆる三毛猫と呼ばれる種類の猫だった。
比較的すらりとした体格のその猫には首輪が付いていない。
しかし、仁王が与えたと思しき紅鮭を食しながら彼の足に擦り寄っているところを見ると、もしかしたら元は飼い猫だったが何らかの理由で捨てられてしまったのだろうかとも思えた。

それにしても、見なければよかった。
柳はにわかに後悔した。
好奇心は猫をも殺すとは巧いことを言ったものだ。興味本位もほどほどにしなければならぬ。

立海大では野良猫に限らず、学校で飼育を認められている以外の動物に触れてはならないという決まりがある。
以前、校庭に迷い込んできた野良犬を勝手に飼おうとしたクラスがあって全校を巻き込む大問題を起こしたという背景があるからだ。
つまり、柳の目の前で繰り広げられている仁王の行為はその決まりに思い切り反してしまうのである。
そしてそれを見つけてしまったからには自分ももはや共犯だと思った。

「……どうするつもりか念のために聞いてもよいか」
「決まっとる」
「そうか」
「ここでこっそり飼う」
「……」

柳はできればこのやり取りをなかったことにしたかった。
仁王を説教、いや、説得して事が大きくなる前に何とかしなければならない。
そう思った瞬間に無情にもチャイムが鳴り響いた。
同時に小脇に抱えていた本がずしりと重みを増したことにより、柳は自分が何をしにこの場所にいるのかをようやく思い出したのだった。



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