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「幸村!」
「幸村くん!」
いつものようにジャージを羽織ってテニスコートに降り立った幸村に、部員たちは一瞬言葉を無くし、それから慌てて駆け寄ってきた。
「お前、なぜ……」
「ただいま」
にこりと微笑む幸村に、真田は言葉を詰まらせた。
「部長が帰ってきたんすよ」
幸村の後ろからひょっこり顔を出した切原がおどける。
部長はこんなに嬉しそうじゃないか。なのに何で真田副部長はしかめっ面なんだろう。
そう思った時にはバチンと鈍く大きな音が響き、右頬が燃えるように熱を持っていた。
切原の身体は地面に投げ出された。
「赤也! 真田、何も叩かなくったっていいじゃないか!」
幸村は切原の身体を抱きかかえる。
支えるその腕が妙にか細く、切原は自分の犯した過ちを実感した。
「病院へ戻れ幸村」
「嫌だ」
俺は間違ったことをしている。それはわかっている。
でも……
切原は生ぬるい感触のする唇を拭い、真田の前に立ちはだかる。
部長に手を出すなと言わんばかりの形相だった。
そして、もう一度響くのは鈍い音。今度は痛みはなかった。
「真田なんかきらいだ……」
言い終わらないうちに細い肢体が崩れ落ちた。
「幸村!」
「おい、誰か救急車呼べ!」
「幸村くん!」
それから長い時間が経って救急車のサイレンがこだました。
―――
再び病室に舞い戻った幸村を、切原はじっと見つめていた。
「赤也には迷惑をかけたね」
違う。自分ではない。迷惑を被ったのは真田のほうだ。
真田は切原の見代わりになって、あらゆる大人に自分がすべてやったと頭を下げたのだ。それを幸村は知らない。
しかし、真田から堅く口止めをされていたため切原は首を横に振ることしかできなかった。
「でも、みんなの驚いた顔。あれが見られてよかった」
「部長……俺……俺、」
目の前でふらりと倒れた幸村を見て血の気が引いた。
やはり脱走なんてさせるべきではなかったのだと切原は深く後悔していた。
「今日はすごく体調が良かったんだ。本当にびっくりするくらい……」
このままテニスさえできたんじゃないかと冗談めかす。
しかしそれは切原の涙を誘うだけだった。噛み締めた唇から鉄のような味が滲んだ。
―――
「本当にすいませんでした」
「何を今更謝る必要があるんだ。あれは俺のわがままだったんだよ」
「いや、でも」
天の声みたいだった。そういって幸村は笑う。
病院を抜け出して、真田を怒らせて、みんなに心配をかけた。
だからこそもう一度ちゃんと病気と向き合おうと思ったんだ。
それは赤也、君なしではありえなかったんだよ。
幸村の手が切原の頭を柔らかくなぜた。
その手は温かく、切原は本当にこの人のことが好きだったのだと思った。
「精市、赤也。そろそろお開きだそうだ」
遠くから柳の呼ぶ声が届く。
「うん。今行くよ」
切原がふと視線を落とす。
先ほど幸村の手に光っていたはずの銀の指輪はなぜかもう見えなかった。
―――――
2010/08/30同じ窓から見てた空/コブクロ
花火のくだりの歌詞がすごく好きでした。
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