短編 | ナノ
同じ窓から見てた空

「学校に忍び込むなんてドラマの見すぎじゃね」
「ブン太お前忍び込むとか大声で言うなよ……!」
「ジャッカルくんの声のほうが大きいと思いますが」
「つーか数年前まで大学通っとったんじゃから感動も何もないぜよ」
「俺はたわけがって言わない真田に感動したな」
「ま、まあこんな日くらい大目に見てもらってもよかろう」
「甘くなったんすねー副部長!」
「弦一郎も大人になったな」

立海大テニス部のレギュラーメンバーが社会に出てから初めて全員が揃った。
誰の提案だったか、ずい分ご無沙汰だった中学校の敷地内で花火をしようではないかという話になったのである。もちろん禁止されていることは承知だ。
こっそり忍び込む予定が、酒が入ったこともあり普段より饒舌になりながら、わいわいと校門をくぐり抜けた。
警備の緩い大学の方から侵入してしまえば、中学の敷地内まではあっという間だった。
このご時世に似合わず何と門戸の広い学校なのかと感心するほどだ。

「ずっとテニスしかしてなかったのに、卒業しちゃえば普通の社会人になるもんなんだなー」
「大人みたいな発言じゃのう」
「大人とはそういうものですよ。きっと」

打ち上げ花火を眺めながらしみじみと社会人になった自分達のことを語り合った。
この学校に通っていた頃、誰が現在の姿を想像できただろう。

「幸村部長、花火」

一通り打ち上げ終わって残っているのは手持ちのものばかりになる。
切原は線香花火を手に、少し離れた場所で夜空を見上げている幸村に渡そうと駆け寄った。

「ありがとう赤也」

二人はその場でしゃがみ込み、花火に火を灯す。
切原が柄にもなくきれいっすねと声を掛けようとしたその時、幸村の左手の薬指にきらりと指輪が光った。

「どうかしたかい?」
「いや、何でもないっす」
「そう」

切原の線香花火がゆらりと地面に落ちた。
こんな気持ちはバケツの中でとうに消したはずなのに。
あの頃わずかに燻っていた淡い心は。


―――


それは珍しくレギュラーメンバーが全員揃って病室を訪ねた日だった。

「幸村君いつ戻ってくんの?」

丸井が見舞い品を手で弄りながら幸村に訊ねている。
何度となく繰り返された問い。そこに答えはないとわかっていても。

「明日、かな」
「……待ち通しいね」

うん、と言ったきり黙って窓の外を眺めている幸村を切原は盗み見る。
日焼けをしていない白い輪郭が光に溶けそうで、いつか彼が消えてしまうんじゃないかとさえ思った。
誰も知らない間にひっそりと。
そうなる前にあの人を外の世界へ連れ出せたら。



「部長」
「何だ赤也。みんなと一緒に帰らなかったの?」

声を掛けられて読んでいた本から顔を上げると、帰ったと思い込んでいた後輩が妙に真剣な表情で佇んでいる。

「部長。明日俺と一緒に帰りましょうか。みんなのところへ」

幸村は一瞬驚いたような顔をしたがすぐにすべてを悟ったように笑う。

「そうだな。帰ろうか」

こうして二人はこっそりと病院を脱走することに決めたのだった。


―――


「覚えてます? 部長を病院から連れ出そうとした時のこと」
「それはもちろん。あんな無茶なことしたの、後にも先にもないよ」
「はは、そうっすよね」
「でもあれ、楽しかったな」

そう独り言のように呟いた時、幸村が持っていた最後の線香花火の火が消えた。


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