湖の畔で肩を並べて他愛もない話をする。木々に隠れてあまり他からは見えないような秘密のこの場所で、レギュラスと過ごすのが最近の日課になってきた。たまに大イカを吊ろうとしたりする生徒を、2人で笑いながら見たりして。そんな日常がとても楽しい。
『 Lesson 07 キスでもしませんか。 』
1日の授業が終わって、夕食までのわずかな時間。夏に近づいていくこの季節は、陽が長くこの時間でもまだ明るい。水中人が出てきたらどうしよう、だなんてそんな冗談を言い合いながら笑っていた。
「名前は夏休みはどうするの?」
「家族と旅行に行ったりするかな。毎年そうなんだ」
「へぇ、いいね」
「お土産買ってくるね」
「楽しみにしているよ」
「レギュラスは?」
「特に楽しい事はないと思うよ」
自嘲的な笑いをする彼に、胸が痛くなった。やはり高貴なブラック家というものは、私が考えられない程大変な事があるのだろう。
「…兄さんはもう、そろそろいなくなるかもしれないしね」
初めて彼の口から、お兄さんの話が出た気がする。ブラック家の長男、シリウスさんと私は特に接点もないし、もちろん会話さえした事もない。グリフィンドールで学年も違う。関わりたいとも思った事はなかった。
「シリウスさんとは仲良くないの?」
聞いてもいいか分からなかったけれど、ずっと聞きたかった事。その質問は思ったよりも私の口からスルリと飛び出した。
「そうだね、今はほとんど話もしない」
そう言ったレギュラスは、本当はお兄さんと仲良くしたい、そんな風に感じられた。私は今なら、レギュラスの兄である彼と関わりたいと思う。それはあくまでも、彼がレギュラスのたった1人の兄弟だからだ。
「私、シリウスさんとは一度も話をした事もないからどんな人がよく分からないけど、レギュラスのお兄さんなら興味あるな」
「…なにそれ」
「小さい頃のレギュラスとか、今までのレギュラスの事とか聞いてみたいから!」
私の言葉に、彼は小さく笑った。好きな人の事をもっと知りたいと思うには、当然の事だろう。
「ねぇ、夏休み家においでよ」
「…え?」
「うん、決まりね。そうしよう。
母さんには僕から話をしておくから」
「…ええっ!」
私がブラック家に?いや、確かにご家族の方に挨拶はしたいと思ってはいた。だけど、今じゃない。まだ早すぎる。私にだって準備というものがあるのだ。今行ったら、私はただ嫌われて終わるに決まっている。私とレギュラスが釣り合わない事くらい、私が1番よく分かっているから。
「まだ嫌われたくない…」
「大丈夫だよ。名前なら父さんも母さんも気に入るから」
「どうしよう…、無理だよ」
「いつもの君なら大丈夫だから」
優しく笑うレギュラスを見ていると、この人がいれば大丈夫かな、なんて思ってしまう。あのブラック家に行くというのに。
「それに、もし名前に酷い事をしたら、僕はあの家から逃げるね。」
さも当然のように、そんな危ない事を言うから、私は驚いて何も言えなかった。
「君は僕が守るから」
こんなおとぎ話のような台詞だって、彼になら似合ってしまう。
「…ありがとう」
私はその言葉を紡ぐだけで精一杯だ。
「…名前、キスしよう?」
言葉の意味を理解する暇もなく、彼のそれが私に優しく触れる。
私のファーストキスは、こうやって、彼にいとも簡単に奪われた。