「こーんにちは」
カフェテラスで今日の講義のプリントをまとめていると、頭上から聞き慣れない声がした。顔をあげれば、いつか見た男の子の姿。確か彼は蛍くんの友達だったはずだ。
「名前ちゃんでしょ?」
「蛍くんのお友達…?」
「そう」
私の向かいに座った彼は、蛍くんと同じくらい顔が整っていてとてもかっこいい。蛍くんとはまた違った格好良さだ。彼もまた女の子にモテるだろう。
「いやー、あいつとは一年の時からの付き合いなんだけどさ、君みたいな子がいるなんて知らなかったよ」
「蛍くんとは高校からの友達だから」
「そっかそっか。仲良いんだね」
「まぁ、」
一体全体、彼は私になんの用があるのだろう。にやにや(失礼かもしれないが間違ってはいない)と笑っている彼は、随分と楽しそうだ。
「勝手に名前ちゃんと話した、なーんて言ったら月島に怒られちゃうなぁ」
「機嫌は悪くなるんじゃないですか?」
「…へぇ、そうなんだ」
意外、と言いたげな表情をする彼に、少しだけ優越感を抱く。きっと自分の知らないところで、勝手に自分の話をされているのを、蛍くんは嫌がるだろうから。私のほうがこの人より蛍くんのことを知っている、そんな子供染みた小さな感情だ。
「ちょっと、お前なにやってるの」
そこからの私たちの会話は、彼の登場によってそれ以上続くことは無かった。
目の前の彼は驚いたように蛍くんを見ては、苦笑いをしながら席を立つ。苛々して不機嫌だということが丸わかりの蛍を見て、少なからず焦っている様子だ。まるでそれは、悪戯が見つかった子どものように。
「よっ!月島くん!」
「はぁ、なんなのお前。なんで名前ちゃんといるわけ」
「いやあ、たまたま見掛けてさ、話し掛けただけ」
「話し掛ける必要ないでしょ」
なんだか、山口くんとはまた違った感じだ。これはこれで良い組み合わせなのかもしれないけれど、やはりしっくりこない。山口くんとは全く違ったタイプで、でも頭のキレそうな彼は蛍くんとよく話が合いそうだ。
「名前ちゃんも、こんなやつ相手にしなくていいから」
「こんなやつって、」
「月島それはさすがに酷いからな」
これ以上蛍くんを怒らせたくないのか、彼は最後に私に声をかけると、早々にその場を去って行ってしまった。逃げ足だけは速いみたいだ。
あ、そういえば、名前聞いてないや。
「なに話してたの」
先ほどの彼と同じように、私の目の前に座った蛍くんは、少し不機嫌そうな顔でそう口にした。そんな彼を見て私は、可愛いなぁ、なんて思ってしまう。
「蛍くんのことだよ」
「あいつ、変なこと言ってなかった?」
「一言二言しか話してないから」
それからの彼は、いつものようにツンとした、でも優しい顔をしている。
そして、話題を変えるように頬杖をついた彼は、またニヤリと綺麗に笑うのだ。
「来週の土曜日、あいてる?」
「来週?」
鞄からスケジュール帳を取り出して、言われた日にちを確認する。ちょうど、バイトもなく一日空いているようだった。
「あいてるよ」
「バレーの試合あるんだよね。サークルの」
「あ、やっぱりバレーサークル入ったんだ」
「まぁね」
蛍くんはバレーサークルに入るとは思っていたけれど、やはりそうだったみたいだ。黒尾さんに聞いた事がある。うちのバレーサークルは結構強いんだぞ、と。
蛍くんのバレーは、高校の時以来観ていない。久しぶりに彼のバレーを観てみたくなった。相手の強烈なスパイクを止める、あのかっこいいブロックが私は好きだ。
「サークルのOBの人達が来て試合するから、名前ちゃんも観に来なよ」
「へぇ、楽しそう!行く!」
「詳細はあとで」
「おっけー」
OBってことは黒尾さんも来るのだろうか。そうなったらちょっと面白い。蛍くんと黒尾くんが試合するなんて、考えただけでわくわくしてしまう。
目の前の彼は、楽しそうに笑っているであろう私を見て、は小さなピンクの包みを私に差し出した。私は意味が分からず、首を傾げながらその包みを見つめる。
「それ、あげる。そういうの好きでしょ?」
「え!…くれるの?」
「うん。感謝しなさい」
「ありがとう!」
最後に、ニヤリと笑った彼は、手をヒラヒラさせながら何処かへ行ってしまった。彼からのプレゼントなんて、もしかして初めてかも。お誕生日などに何か食べ物を買ってもらったり、ということはあった。でも、こうやって物を貰うのは。きっと、初めてだ。
早速その包みを、やけにドキドキとしながら開けてみる。一体、なにが入っているんだろう。
「…くま?」
シルバーのチェーンを引っ張って、中から出てきたのは、これまた可愛らしい小さなクマのキーホルダーだった。私の好きな色の小さなストーンが、耳に埋め込まれているとっても可愛らしいもの。
「かわいい…」
彼からこんなことされるのは初めてで、嬉しくて、胸がほかほかと暖かくなる。これ、どこに付けようかな。
そのクマを見つめる私の頬が真っ赤だったことに、自分では全く気が付かなかった。ああ、不意打ちはずるいよ。