どうして彼女と話そうと思ったんだっけ。
あの夜、誰もいないと思っていた談話室には見知った女生徒がいた。彼女の持っていた本が、たまたま僕の気を引くものだったから。これがその答えだ。
面白そうな本を読んでいる、そう思った僕はいつの間にか彼女の隣に並んでいた。それからいくつか言葉を交わして、そして突然、君は突拍子もない事を呟いた。そんな彼女を、もっもっと知りたくなってしまったんだ。
『 Lesson 02 もっと相手を知りましょう。 』
夕暮れ時、開け放たれた窓からは綺麗な茜色が差し込んでいる。静かな図書館のお気に入りのこの場所で、僕は本を読むことが大好きだ。死角になっているこの小さな四人掛けのテーブルには、ほとんど人がこない。誰にも邪魔されないこの時間は、僕にとってとても大切なものだ。
そんな僕の特等席に、今日は先客がいたようだ。たまに見掛ける黒髪の女子生徒。それが彼女だったとは、今まで気が付かなかった。
「名前」
その名前を呼べば、活字を追っていた彼女の目は僕に向けられる。彼女は少し驚いたように小さく目を見開いた。
「わ、びっくりした」
「ここに僕がいるから?」
「レギュラスが話し掛けてくれたから…
だっていつもそのままどこかへ行っちゃうでしょ?」
「気が付いてたんだ」
「何度かここで見かけたことがあるからね」
彼女はここが僕の特等席であると気が付いていたようだ。意外と目敏いんだと感心する。僕は本を広げている彼女の前の席に座った。そんな僕に、彼女は少し怪訝そうな顔をする。
「…昨日からおかしいよ」
「僕も誰かととここで、こんな風に談笑するとは思わなかったよ」
名前は訳が分からないといったように、少し困ったような顔をしている。昨日の今日で、僕のこんな態度にとても戸惑っているようだ。
「名前には僕が無理をしているように見えるの?」
「え?」
「昨日、僕にそう言ってくれたから」
「…その、変な意味じゃないの」
「うん」
「私がこんなこと言える立場じゃないんだけど…」
僕は、君のあの言葉に救われたんだ。肩の荷が少し、下りた気がして。
「いつも周りに気を遣って、自分を隠して、とっても大変なんだろうなって思って。
そんなに頑張らなくてもいいのにって…
ごめんなさい、こんな偉そうに。」
僕はやはり、もっと彼女が知りたい。
「…ありがとう」
今の僕は上手く笑えているのだろうか。
そんな僕を見た彼女は、一度だけ酷く悲しい顔をして、そして綺麗に笑ってくれた。