いつからだろう。そのニセモノの笑顔じゃなくて、彼が本当に笑ったところを見たいと思ってしまったのは。なにもかも完璧な彼に、何気なくあんなことを口走ってしまったのは。私からスルリと出た言葉は、完全に無意識のものだったんだと思う。
『 Lesson 01 まずはここから。 』
なんだかその日の私は眠れなくて、めずらしく談話室の暖炉の前で本を読んでいた。もう0時を過ぎた談話室には誰もいない。すると男子の階段のほうから足音がして、振り向けばそこにいたのはレギュラス・ブラック。ほとんど会話のしたことのない私たちだけれど、同じ学年なだけあって彼のほうも私のことを知っていたようだった。なんとなく二人で暖炉の前に座って、眠れないね、なんて話をしていたんだ。
今となっては、全く仲の良くない二人が、どうして暖炉の前で一緒に話をしようと思ったのか分からない。
「ブラック君って、頑張りすぎだと思うなぁ」
「…え?」
気がついた時にはもう既に遅かった。なにもかもが。
驚いたように、そして怪訝そうな表情で私を見る目の前の彼を見て、やってしまったんだということを悟る。何も分からない他人に、こんなことを言われて、一体私は何様だ。
なんとも言えないような表情で、あたふたとしているであろう私を見た彼は、あろうことか今まで見たことのないような顔で笑った。
「面白いね、苗字さんって」
「その、ごめんね?偉そうなこと言って…」
「レギュラスって呼んでよ。僕も名前って呼んでいい?」
「…はい?」
嬉しそうに、そんな突拍子もない発言をする彼を、今度は私のほうが怪訝そうに見るのだった。
それからだ。私と彼の関係がガラリと変わったのは。
「あ、名前。おはよう」
「え、あ、ブラック君…?」
「ほら、昨日言ったでしょ。名前で呼んでよ」
「えと、…レギュラス」
満足そうに笑った彼に、私は訳が分からず混乱するばかりだ。
そういえば、彼はいつも誰にだって敬語を使っていたような。その砕けた話し方がとても衝撃的だった。どうやらそれは私だけではなかったみたいだけれども。
「ちょっと、え?なに?どういうこと?」
「名前、貴女いつの間に彼と仲良くなったのよ!」
私と共に談話室へと下りてきたルームメイトの二人も、そんな彼を見て驚いたような表情をしている。そんな彼はあの後、一人で談話室を出て行ってしまったのだが。
それからの私は、本当に散々だった。ルームメイト達には質問責めにされるし、レギュラスを取り巻く女の子達にはキツく睨まれる始末だ。レギュラスは容姿も良いし、家柄なんて良すぎる程に素晴らしい。もちろん勉強も出来て、クィディッチではかっこよくシーカーを務める。そんな憧れの彼が、私なんかに話し掛けるのは気に入らないはずだ。どうして、こんな厄介なことになったんだ。
でも実は、ほんのちょっとだけ、彼と仲良くなれたのが嬉しかったりするのは、私だけの秘密。