クリスマス休暇が終わってから特にこれといって変わったこともなく、いつの間にかホグワーツの一年目はあっという間に過ぎ去って行った。イースター休暇も終わり学年末試験を何とか切り抜け、今日からもう夏休みに入る。ホグワーツの生活とは少しの間お別れだ。リリーや同室の彼女達とは夏休み中に遊ぶ約束をしているし、シリウスやレギュラスとは定期的に会えるだろう。この長い夏休みを有意義に過ごそうと、今日は朝からやりたい事や勉強したい事を頭に叩き込んだ。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
「お父さん頑張ってね」
バシッという音とともにお父さんは仕事へと出掛けて行った。お父さんを見届けると、私は早速地下室へと向かう。
地下には書庫と、小さな小部屋がある。この二つの部屋は昨日お父さんに教えてもらった場所だ。この家に地下室なんてあるとは思っていなかったので、教えてもらったときはとてもびっくりした。私たちは夏休み中に魔法を使ってはいけない。だけれどこの小部屋でなら魔法の練習をしてもいいと言われたのだ。今の時代、自分の身は自分で守らなければいけない。それにはやはり、多くの練習を積み重ねることが大事なのだろう。この夏休みの期間も無駄にするなということだと思う。
「名前ちゃん、あんまり無理しちゃ駄目ですからね。
お昼には上に上がってきてね」
「はーい!」
とりあえず午前中は書庫の本でも読み漁ろうか。あんな数の本は、何日あっても読み終わらないだろう。かるく目星でもつけておこう。地下室の階段へと続く扉を開けると、そこは今までよりもひんやりと冷たかった。
あれから何時間が立ったのだろうか。そらそろお腹が空いたなぁ、と地下室から出てリビングに向かう。見慣れたテーブルには何故かレギュラスが座っていて、思わず大きな声で彼の名前を呼んでしまった。
「レギュラス!」
「あ、やっと来た」
こうやってシリウスとレギュラスが家に遊びに来るのはよくあることだが、レギュラスだけというのはあまり無く珍しい。私が彼と向かい合わせになるように椅子に座ると、屋敷しもべ妖精がお昼ご飯を出してくれた。
「一人で来るなんて珍しいね」
「兄さんは友達のところに行ってるんだ」
「ふーん、ジェームズかなぁ?」
温かいそれを食べながら、紅茶を飲む彼とたわいもない話をする。
「やっとレギュラスもホグワーツね」
「うん。早く手紙が届いて欲しいな」
「一緒にダイアゴン横丁に行こうね。
私ももう二年生だ」
「名前とは一緒の寮になりたかったよ」
「レギュラスはきっとスリザリンだもんね」
「僕までスリザリンじゃなかったら母上になんて言われるか」
そう言って肩を竦めた彼に、私は苦笑いしかできなかった。レギュラスはスリザリンだ。これはきっと間違いないだろう。
「僕はスリザリンがいい」
「大丈夫だよ、レギュラスなら。
絶対スリザリンだと思う」
「名前もスリザリンだと思ってたのに」
「組み分け帽子にもスリザリンがいいって言われたよ」
午後からは小部屋でアニメーガスの練習をしようと思っていたのだけれど、レギュラスもいるしそれは出来ない。せっかくだからレギュラスにも書庫を見せてあげようか。きっと喜んでくれるだろう。
「ねぇ、レギュラス。
ご飯が食べ終わったら一緒に地下室に行く?」
「ああ、さっきユリさんが言ってたよ。名前が朝から篭りっきりだって。
僕も行っていいの?」
「レギュラスなら大丈夫!たぶん!」
「なにそれ」
ご飯を食べ終えて、早速地下室へと向かった。数十分前に来たばかりだというのに、何故かさっきよりも肌寒く感じる。自分の腕を摩りながら中へと進んでいくと、一冊の本が開かれた状態で落ちているのが目にはいる。
「あれ、こんなのさっき落ちてたっけ?」
「随分古そうな本だね」
さっきはそんなに隅々まで見たわけじゃないし、気にしていなかったから気が付かなかっただけなのかもしれない。レギュラスの言った通り、それはとても昔に作られたように古びていた。レギュラスも不思議そうにその本を見ている。私はそれに手を伸ばすと、埃っぽいそれを掴んだ。
「…っ」
ビリリ、という電気のような衝撃が私の手を伝う。思わずその本を手から放してしまう。すると強い光が辺り一面に広がる。
「…なにっ?」
瞑っていた目を開けると、そこには先ほどの本が同じように落ちているだけだった。あの光は何だったのか。そして、この本は何なのか。
「レギュラス大丈夫?」
「名前も。…今の何だったの?」
「急にあの本を触ったら電気みたいにビリビリして…」
私のその言葉に、彼は恐る恐るその本を手に取った。どうやらもう電気のような衝撃はないらしく、レギュラスは平気そうな顔でそれを手に持っている。
「大丈夫みたい」
「…さっきの、なんだったんだろう」
彼からその本を受け取っても、先ほどのような衝撃はない。ますます訳が分からなかった。
パラパラとページを捲ると、そこに書かれているのは懐かしい日本語だ。どうやらこれは日本の本らしい。確かにお母さんは日本人なのだし、日本の本があっても可笑しくはない。だとしたらこれは、日本の魔法界の本なのだろうか。
「これ日本語だ」
「日本の本なの?」
「そうみたい。お母さんのかなぁ」
「日本の文字なんて初めて見た」
これはじっくりと読んでみる価値がある。もしかしたら、私のあの特別な力というものに関係があるかもしれない。何か、分かるかもしれない。
私は大きな期待を胸に、始めの一ページを開いた。