講義が終わって携帯を開くと、あの緑色のアプリにメッセージが入っていた。内容は、今日の夜空いているかということ。バイトもないし特に用事もない。私は「空いてますよ」と返事をする。するとすぐに既読が付き返事が返ってきた。ちょうど彼もお昼休みなのだろうか。「19時に○○駅集合」という言葉に肯定の返事をしてから、友達とお昼を食べるために食堂へ向かう。
「名前、今日暇?」
「あー、ごめん。用事あるんだよね」
「そっかぁ。久しぶりに洋服でも買いに行きたくて」
「じゃあ来週行こうよ」
「おっけー」
私も久しぶりに洋服を買いたいし、彼女には申し訳ないのだけれど先約が入ってしまった。きっとこの間言っていた焼肉を食べに行くことになるだろう。久しぶりに会えるし、話したいこともたくさんある。彼は本当に頼りになるから、相談相手にはもってこいなのだ。
「何食べようかな〜」
じーっとメニューを見つめる友達の隣で、私も今日のお昼ご飯を考える。でもそれよりも、今日の夜が楽しみで仕方がなかった。今日の講義はいつもよりも長く感じてしまいそうである。
目的の駅の改札を出ると、すぐに先輩を見つけることができた。こんなに人が多いというのに、やはりあの髪型はやけに目立つ。心なしか前よりも少しだけ、本当に幾分かおとなしくなっている気もするけれども。
「くーろおさん!」
「苗字ちゃん、久しぶり〜」
「お久しぶりです」
スーツ姿がとても新鮮でかっこいい。なんだか前とは違う人のように感じてしまう。
「スーツ似合ってますね」
「だろー?この格好で焼肉とか嫌なんだけどな、臭いつくし」
「どんまいです!」
確かにスーツで焼肉なんてちょっと可哀想だ。スーツなんてそんな頻繁に洗えるものじゃない。きっと会社からそのまま来たのであろう。
「今日あいつこれなくなったみたいだから、俺達二人な」
「えっ、そうなんですか?」
「おー。俺は助かるけどな。
あいつすげぇ食うだろうし」
そう言って歩き出した彼の隣に急いで並ぶ。どうやらもう一人の先輩は来れなくなったみたいだ。黒尾さんにはいつもご馳走してもらっていたし、よく二人でご飯にも行っていたから別に違和感はないけれど、やはりちょっと寂しい。
「今日は奢ってやるから感謝しろよー」
「なんだかんだいっていつもご馳走してくれるじゃないですか」
「ほら、俺って優しいから」
「はいはい、黒尾さんは優しいですもんね〜」
「お前俺のこと馬鹿にしてるだろ」
「してませんって!」
そういえば彼とはもう二年くらいの付き合いになる。いろいろ相談にのってくれるし、アドバイスもたくさんくれるし、本当に良いお兄さんのような人だ。年や性別が違う分私とは違った、思ってもいなかった考えをもっていたりと、話していてとても楽しいし勉強になる。
彼に連れられるようにオススメだという焼肉屋さんに入り、店員さんに通された席に座る。金曜日ということもあってか、店内はサラリーマンやOLさん達で混み合っていた。
「なに飲む?」
「えー、どうしよっかなぁ」
「肉とかは適当に頼むわ」
「お願いしまーす。
じゃあとりあえずカルピスサワーで」
「りょーかい」
店員さんを呼んでまずはビールとカルピスサワーを注文する。そして黒尾さんは適当にお肉やサイドメニューを頼んでいく。私の好みを分かっているのか、食べたいなぁと思っていたものも頼まれていって、さすがだなぁと思ってしまう。
注文を終えて暫くすると飲み物が先に運ばれてきた。かるく乾杯をして、近況報告などたわいもないことを話していった。
「来月辺りにさ、サークルに顔出そうと思ってんだ」
焼肉を焼きながらそう言った彼は、とても嬉しそうだった。サークルとはバレーサークルのことだろう。黒尾さんは私の大学の同じ学部の先輩だ。だからたまにそのサークルを観に行ったこともある。ずっとバレーボールをやっていたらしい彼はとても上手だった。そういえば私の周りにはバレーボールをやっている男の子が多いのかもしれない。
「苗字ちゃんも久しぶりに観に来いよ」
「行きたいかも。日にち分かったら連絡してくださいよ」
「決まりなー。
後輩とか結構入ってるみたいで楽しみなんだよな。
ほら校舎も合併しただろ?」
「あ、なるほど。そっちの学部のほうとも合同になったんですか?」
「いや、そっちには元々なかったらしい。
だから今まで入れなかったやつも新しく入ってきたみたいでさ」
「楽しみですねー」
そういえば蛍くんは何かサークルに入っているのだろうか。今度聞いてみようかな、なんて思ったり。
「また俺のかっこいい所見せてやるから」
「はいはい、楽しみにしてまーす」
美味しいお肉を頬張りながら、少しほろ酔い気分でする彼との会話はとても楽しい。カルピスサワー1杯でもう顔が真っ赤になってしまう私には、やっぱりお酒は合わないのかもしれないけれど。
「相変わらず酒弱いな。顔真っ赤じゃん」
「黒尾さんは相変わらず全然変わらないですね」
まだまだ夜はこれからだ。彼に話でも聞いてもらおうかと、私は口を開いた。