料理をすることはそんなに苦手じゃない。でもお菓子を作ったりするのはあまり経験がなくて、少し、いやかなり不安だった。レシピと睨めっこをしながらも完成したそれは、ちょっとだけ形が不恰好だ。
今日は彼の誕生日。だから作るのはもちろん、彼が大好きなイチゴのショートケーキだ。
「名前ー、そろそろ行かなくていいの〜?」
そんなお母さんの声に、私は慌ててそのケーキを箱にしまう。それとこの間買っておいた、彼に似合いそうなシンプルなアンクレットを持って私は急いで家を出た。
時刻はもう夕方。そろそろ部活が終わるであろう時間。休日である今日は学校は無く、でもバレー部である彼には誕生日でも部活はある。
少しオシャレをして、校舎に入るわけでもないから私服で彼の元へと向かう。見慣れた校門に着くとそこは静かでまだ誰もいない。他の部活ももう終わってしまったみたいで、グラウンドも静かだった。
スマホを確認すると彼からのメッセージが。「終わった」という言葉に私は「校門で待ってるね」と返事を返す。すると、直ぐに彼がやってきた。
「あ、蛍。部活お疲れさまー」
「来るの早すぎだから」
「蛍も早いね。びっくりしちゃった」
「名前が校門で待ってるとか言うからでしょ」
少しだけ不機嫌な様子の彼に、部活がハードだったのかなと思案する。早く行こう、とやけに急かす彼がいつもと違って珍しい。いつもはこんなに急いだりしないし、マイペースなのに。
「名前行くよ」
「え、あ…」
「月島あああ!!」
野太い声が静かなそこに響いた。思わずびくりと、後ろを振り向いてしまう。ガヤガヤといろんな声と共に、黒いジャージの集団がこちらまでやってきていた。
「なに…?」
隣の彼を見れば呆れたように大きな息を吐いていた。先ほど蛍の名前を呼んでいた坊主らしき人と、トサカのような特徴的な髪の人が私達の目の前にやってくる。そんな二人を見て、蛍はこれでもかというほど嫌そうな顔をしていた。おそらく彼らは、見たこともないので先輩だと思う。
「なんだお前!彼女ですかコノヤロー!」
「月島ああ、彼女がいたなんて聞いてねーぞ!」
「はいはい、すみませんでした。
それじゃあ」
「おいこら待て!」
「先輩にむかってお前は…!」
どうしていいか分からず私は混乱するばかりだ。いつの間にか黒いジャージを着たバレー部の人達が増えていく。
「苗字さん!」
「山口くん!!」
そんな私の救世主は同じクラスの山口くんだった。今なら彼が天使にだって見える。
「ごめんねぇ、邪魔しちゃって」
「うんうん、私どうすればいいかわかんなくて…」
「あー、ツッキー先輩達に捕まっちゃってるね」
「そうなの」
知らない人ばかりだし、それに皆身長も高くてなんだか怖い。私が怯えていることが分かったのか、優しそうな笑みをした先輩が私に話し掛けてくれた。目の下の泣きぼくろが特徴的だ。
「月島の彼女?」
「えっ、あ…はい」
「そっかそっか。部員達がごめんね」
「いえ…」
その先輩は苦笑いをしながら、二人の先輩に絡まれる蛍達を見ていた。
「烏野?」
「はい、一年です」
「休みなのに迎えなんて珍しいね
」
「今日は蛍の誕生日なので」
「え!そうなの?」
心底驚いたような顔をする先輩は、今日が蛍の誕生日だという事を知らないようだった。あの蛍が自分の誕生日を言いふらすわけもないし、当然と言えば当然なのかもしれないけど。
「月島なんにも言わないからわかんないだよね」
「そうですよね」
「でも君がいれば安心だね」
「え?」
そんな優しそうな先輩と話をしていると、いきなり後ろから手を引っ張られる。いつの間にか近くには蛍がいて、不機嫌そうな顔で私の手を握っていた。
「じゃあ菅原さん、俺たちはこれで」
「おう、またなー。彼女ちゃんもー!」
ひらひらと手を振る先輩に私も手を振り返して、蛍に引っ張られるようにその場を後にする。他の部員の人達が何か騒いでいたけれど、そんなのお構いなしだ。
「なに菅原さんと仲良くなってるの」
「…スガワラさん?」
「さっき話してた人」
いつもより手を強く握られて、不貞腐れたような顔をしている彼がとても可愛らしかった。
「だって蛍が私のことほったらかしにするから」
「名前が悪い」
「なんでよー」
今さらだけど、持っているケーキが不安になった。ぐちゃぐちゃになっちゃったかなぁ。
「早く蛍のお家行こうよ」
「ケーキ作ってきた?」
「もちろん!イチゴのショートケーキね」
「ん、いいこ」
蛍の大きな手が私の頭を撫でる。私はこれが大好きだ。
彼ならたとえぐちゃぐちゃなケーキだって食べてくれるはず。それに味はきっと美味しいに決まってるから。
「今日は僕の誕生日だから、何でもいうこと聞いて」
「なにそれ。やだこわい」
「うるさい、決まりね」
あ、そういえば、まだ会ってから一言も言っていないことがあった。会ったらすぐに言おうと思っていたのに。
「蛍、お誕生日おめでとう!」
「言うの遅いから」
「ごめん!」
「はいはい、ありがとう」
一緒にケーキを食べてプレゼントを渡して、それから。嬉しそうに笑う彼の手をぎゅっと握りしめる。また来年もずっとお祝いできますようにと願って。
Happy birthday ! Kei Tsukishima .