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「あれ、二口くんは?」

「えー、いないの?」

騒がしい体育館を見渡しても、お目当ての彼の姿は見当たらなかった。彼には聞きたいことが山ほどあるのに。今すぐにでも。

「ごめん、ちょっと教室行って来る」

「ちょっと、もう始まるよ!」

なんとなく、本当にただの直感だった。彼がまだ教室にいるようなそんな気がした。帰っているはずないって、そう思った。
たくさんの人を掻き分けて体育館を出れば、校内は先程までの喧騒が嘘のように静かだ。劇の発表でもう身体は疲れ切っていたけれど、一生懸命足を動かす。

いつからだっただろう。私が彼を好きになったのは。

「二口ってかっこいいよね」

そんな友達の言葉に、私は遠くにいる彼の姿を自分の目に映した。それは確かまだ私が二年生だった頃。彼はずっと前からとても目立っていた。整った容姿と高い身長、そしてなによりスポーツが得意ということ。女の子が好きな要素をすべて持っているような、そんな完璧な男の子だった。
第一印象はかっこいいな、イケメンだな、とかそのくらいだったような気がする。性格はあまりよろしくないと聞いていたけれど、実際には話をしたこともなかったのでそんな外見の印象しかなかった。でも隣の席になって、そしてこの文化祭でそれは大きく変わった。

「いいじゃん、白雪姫。苗字に似合ってるよ」

そんな彼の言葉から、きっと私はもう二口くんが特別になっていたんだ。

「自身持てよ。白雪姫は苗字にしかできないから。」

その小さな優しさが嬉しかった。たくさんの励ましの声をかけてくれる彼を、本当に優しい人なんだと思った。

「…ごめん」

どうしてあんな事をしたのか。どうして、謝ったりしたのか。それが知りたくて、私は彼の元へと走る。
そして見慣れた教室の扉を勢いよく開ける。彼がいますように。

「……苗字?」

とても驚いた顔をした彼がこちらを振り返った。ああ、やっぱりここにいた。

「わたし、二口くんに聞きたいことがあるの」

乱れた息を整えながら、私の思いを口にする。だんだんと近付く距離にとともに、私の心臓も早く脈を打つ。

「なんでキスなんかしたの」

目の前の彼の目をじっと見つめて。今までに見たことがないくらい真剣な表情をする二口くんは、やっぱりかっこよかった。

「…謝るなんて、ひどいよ」

泣いちゃだめ。こんなの私らしくない。私は泣きそうになるのを堪えながら、こんな情けない顔を見せないようにと俯く。

「苗字」

少し高めの彼の声が私を呼ぶ。

「…いつの間にか苗字が隣にいるのが当たり前になってた」

私と彼の視線が重なる。私もいつの間にか二口くんが隣にいることにひどく安心してた。

「わたしだって…、二口くんと一緒にいられることが嬉しかったよ」

彼が私の手をとって、その大きな手が私の手をぎゅっと握る。彼の手は少しごつごつしていて、男の子の手なんだと感じさせられる。

「…謝るならしないでよ、ばか」

「ごめん」

いつの間にか彼の顔は、いつもみたいな悪戯っ子のような表情になっていた。私はその表情が大好きだ。

「俺あの時、本当にキスできてすげー幸せだった」

そんな恥ずかしいことを言うから、私の顔はますます赤くなるばかりだ。りんごのように真っ赤に。

「苗字が好きだよ」

さらりとそんな爽やかな笑顔で言う彼は、やっぱりずるい。何もかもがずるいんだ。

「だから、俺と付き合ってください」

私に頷く以外の答えなんて、始めからなかった。だって私も彼と同じ気持ちだったから。

「…私も二口くんが好きです」

優しく抱きしめられた彼からは、男の子の匂いがしてドキドキとしてしまう。少し硬い彼の胸に自分の頭を預けた。

「…名前」

彼の声で名前を呼ばれることがこんなにも嬉しいなんて。今度こそ泣いてしまいそうだ。私も彼のことを名前で呼びたいな、なんて。




「今年の文化祭最優秀クラスはーー」

緊張の瞬間。あんなにうるさかった体育館全体がシンと静まり、期待の眼差しで司会者を見つめる。

「白雪姫を上演した3年A組です!!」

その言葉に歓喜の声が体育館を包む。皆で手を取り合いながら喜びを分かち合う。残念そうな他のクラスもこの結果に納得したのか、その栄冠を称えるように拍手を送っていた。

「ちょっと、肝心の主役がいないじゃん!」

「二口も苗字もいないし!」

「あいつら仲良くばっくれかよー!」

そこに肝心の主役である二人の姿はなかった。白雪姫と王子様の二人が仲良く揃って。そんな二人はお互いの手を握りながら、仲睦まじく学校をあとにしていた。

「あーあ、後でクラスの奴らにどやされそう」

「これでも主役なのにね。二人ともいないーなんてね」

体育館の喧騒もだんだんと聞こえなくなり、夕暮れの静かな住宅街を歩く。少しゆっくりめのペースで、さりげなく二口は車道側を歩いて。

「やばいしあわせかも」

「わたしも」

お互いに顔を見合わせては少し頬を赤くする二人は、とても幸せそうだ。
二人の幸せがずっと続きますように。


ユース・エフェクト fin