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「…ごめん」

いつの間にか口から言葉が漏れていた。触れたいと、そう思ってしまった。その唇の感触に、ああ自分は本当にしてしまったのだとそこで初めて理解する。こんな間近にお互いの顔を近づけて、ましてや好きな奴だ。したくないわけがない。ずっと触れたいと思っていた俺は至って健全な男子中学生だと思う。暗闇の中で驚いたように固まる彼女の上体を起こしてそのまま劇を続ける。
その後はお互いにすんなりと舞台を終え、たくさんの拍手に包まれながらステージを後にした。カーテンの向こうではクラスの皆がお互いに手を合わせたりと、その成功に喜んでいる。あんな事をしてしまって気まずくないわけがない。でも苗字は優しから、決して俺を責めたりしない。大丈夫だよ、ってそう笑うんだ。

「二口くんお疲れ」

「…おう」

ぎこちなく笑う彼女に、やってしまったんだと悟ってしまう。きっと形式的に俺に声を掛けてきたであろう彼女は、たくさんの人に囲まれて嬉しそうに笑っていた。俺の周りにもクラスの奴らがたくさん集まってきているというのに、どうも上手く笑えない。
いつからだっただろう。俺が彼女を好きになったのは。

「よろしく」

「よろしくね」

あの日、隣の席になって初めてまともに話をした。彼女を知らなかったわけじゃない。同じクラスだし苗字くらいは知っていたけれど、一言も話をしたことはなかったと思う。
第一印象は大人しそうな子で、ちょっと可愛いなぁなんて思っていた。それがこのクラスになってまだ初めの頃。四月の半ばとかそのくらいだろうか。それからほとんど意識なんてしていなかった。席だって遠かったし、委員会や係だって同じものにはならなかったからだ。
席替えをして隣になって、やはり一番大きかったのは文化祭だろう。お互いに白雪姫と王子というメインの役になってしまって、よく話すようになった。彼女は第一印象とは全く違う、どちらかというと無気力で面倒くさがりなそんな話しやすい女子だった。夏休み中の練習なんかは本当によく一緒にいたと思う。ポンポンとテンポ良く続く会話が好きで、何故か隣にいることにひどく安心する。いつの間にか一緒にいることが普通になっていた。

「だって、なんか楽しいんだもん…」

ふたりで一緒に帰ってアイスなんかを半分こして。まるでどこかのカップルがするような事をした。あの時のあの彼女の言葉、そしてなによりあの表情が今でも忘れられない。こいつもこんな顔するんだなって、そう思ってしまった。俺以外にそんな表情見せてほしくない、だなんて気持ち悪い独占欲と一緒に。

「二口ー、後夜祭行かねぇの?」

「あとで行くよ」

着替えを済ませたらもうすぐに後夜祭だ。後夜祭は全員参加ではないけれども、文化祭の最優秀クラスの発表もあるしほぼ全員が参加する。俺はなんだかそんな気分にはなれなくて、いつの間にか誰もいなくなってしまった教室にポツンと取り残されてしまった。今頃彼女は体育館で皆と笑っているだろうか。

「…ホント、なにやってんだ俺は」

俺の呟きは誰にも拾われることもなくただ空気に溶けた。こんな弱気な自分がらしくなくて、もういっそ可笑しく思えてくる。
笑っている彼女の隣には俺がいるはずだったのに。お疲れ、よく頑張ったよな俺達、ってお互いを労いたかったのに。そんな時に聞こえるのは、この静かな空間に響く遠くの方から走ってくるような足音だった。これが苗字だったら。

勢いよく開いた扉の音に、びっくりするのはあと数秒後のこと。そして、最高に幸せになれるのも、あと数分後の出来事だった。もちろん彼女によってね。

ああ、すきだよ。