久しぶりにお気に入りの落ち着いたネイビーブルーのドレスを着た。アクセサリーは全体的にシルバーでまとめて、髪もゆるく巻いてみる。私の身の回りのお世話をしてくれる屋敷しもべ妖精の彼女は、いつも私好みに綺麗にドレスアップしてくれる。パーティーはあまり好きではないけれども、家のためにも出ないわけには行かない。唯一楽しみなのが、こうやっていろんな風に着飾ることができることだ。
「お嬢様!できました!とってもお綺麗です!」
「いつもありがとう」
鏡の中の自分は薄っすらと化粧もしていて、なんだか前の自分に近くなったような気がした。
「名前ちゃん、とても綺麗よ。
準備が出来たら行きましょうか」
お母さんの腕をとって一緒に付き添い姿現しをする。バシッという独特な音が二つそこに響き渡る。ブラック家に来るのは久しぶりだった。コートなどを使用人に預けて、装飾されいつもよりも煌びやかな廊下を歩く。パーティールームにはたくさんの人と声で溢れかえっていた。
「ユリ!」
「今日はお招きありがとう」
「来てくれて嬉しいわ」
黒いシックなドレスを着たブラック夫人はとても美しい。そんな夫人の様子に気が付いたのか、ブラック家当主もこちらへとやって来る。
「久しぶりだな、ルアーナ」
「オリオン。素敵なパーティーだね」
「名前も久しぶりだね。また一層綺麗になって」
「おじさま、こんばんは。今日はお招きありがとうございます。」
「そうだろうそうだろう!名前はどんどん可愛いくなるから困るんだよ」
相変わらずの親バカぶりに思わずオリオンさんと顔を見合わせる。お父さんはいつもこうだ。嬉しいけれどちょっぴり恥かしい。お互い同じように苦笑いをしていて面白い。オリオンさんはとても優しくて良い人だ。それに何といってもかっこいい。
「名前」
「レギュラス!」
正装をしたレギュラスは大人びていて、一つ下とは思えない程とってもかっこいい。それと同時にまだあどけなさが残っていて可愛らしくもある。シリウスと比べるとどうしても見劣りをしてしまうと言われているみたいだけれど、全くそんなことはない。彼も同じように将来有望だ。
「とってもかっこいいね。いつもと違うからびっくりしちゃった」
「…ありがとう。名前も綺麗だよ」
「ありがとう!」
少し頬を赤く染める彼のなんと可愛らしいことか。シリウスとは全然違う。彼にはこんな初々しい時期もなかったような気がする。
「名前、父さん達は挨拶をしてくるから。レギュラス、娘をよろしく頼むよ」
「もちろんです」
「お父さん、お母さんいってらっしゃい」
パーティーも立派な仕事の一部だ。クリスマスまで可哀想だけれども、これは貴族の宿命というものなのでいた仕方ない。
「そういえばシリウスは?」
「兄さんならきっとまた外にでもいるんじゃないかな?」
「ここに出てるだけでもえらいんだけどね」
「母上がうるさかったからしょうがなくね」
ブラック家で開かれるパーティーに長男が出ないなんて、そんなことは絶対にありえない。あのおば様がそれを許すはずもないし、今頃シリウスは一人でどこかにいるのだろう。彼の周りには嫌でも人が寄って行くから。
「ねぇ、レギュラスお腹空いちゃった。
ごはん食べよう?」
「僕が取ってくるから、名前は兄さんのところに行っててよ。
きっとあっちにいるから」
「うん、わかった」
バルコニーのほうを指差したレギュラスとはそこで一旦別れることにした。一人で歩いていれば知らない人達から声をかけられる。それらを丁寧にあしらいながら、目的の場所へと足を進めた。
外はやはり寒くて、冷たい風が容赦無く自身へと突き刺さる。案の定そこにいたのはお目当ての人物だ。椅子に座り頬杖をつきながら夜空を眺める姿は絵のように美しい。
「シリウス、風邪ひいちゃうよ」
シックなグレーのドレスコードを着た彼は、まるで王子様のようだ。そんな彼は私の声に気が付いたのか、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
「名前か」
「相変わらずムカつくくらいかっこいいね」
「お前も綺麗だよ。やっぱりその色が似合うな」
「ありがとう」
レギュラスもそうだけど、こういうことをサラッと言えるところはさすが英国紳士。そういう風にしつけられたのだろう、さりげなく女性を気遣えるのが彼らの良いところの一つだ。
「名前風邪引くよ、中で食べよう?兄さんも」
部屋の入口付近から顔だけをひょこっと出したレギュラスがそう言った。確かにずっとここにいるのはとても寒い。ドレスコードは薄着だし、クリスマスなんて特に寒い時期だ。少し嫌そうな顔をするシリウスを引っ張って、レギュラスのほうへと向かう。
「ごめんねレギュラス、ありがとう」
「チキンもあるじゃん。さすがレギュラス」
レギュラスから美味しそうな料理が何種類か取り分けられたお皿を受け取る。そこには私の好きな物ばかりがのっていて嬉しくなった。シリウスのお皿にも彼の好きそうな物ばかりがのっている。美味しそうにチキンを頬張る姿を見て、私も料理に手を伸ばした。
「やっぱりおいしい」
「よかった」
「シリウスはお肉ばっかり食べてちゃだめだよ」
「はいはい、わかってるって」
隅っこのほうにいてもこうやっていくつかの視線を感じてしまう。ブラック家とフラール家が仲良く揃って話をしていれば、注目を浴びてしまうのは仕方のないことなのだが、やはりまだこの視線には慣れないでいる。居心地が悪いというか、見られるのは好きじゃないので嫌な気持ちになってしまうから。
「相変わらず仲が良いね君達は」
そんな私達に話し掛けてきたのは、やはりこの人と言うべきか。
「ハーイ、ルシウス」
「ルシウスさん」
思いっきり顔を歪めるシリウスを見て、ああ面倒くさいなと思ってしまったのは私だけではないはずだ。きっとレギュラスも内心面倒だと思っているだろう。相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべた彼は、今日とて上品でとてもかっこいいのである。