ご飯を食べたり談笑をしたりと騒がしい教室は今お昼の時間だ。お弁当を食べ終わって紙パックのジュースを飲んでいる時に、教室の前の扉辺りからこの前の彼女が入ってきたのが目に入った。
「…あ」
知らず知らずのうちに漏れてしまった声は、前に座る友人にあっさりと拾われてしまう。
「んー?どうしたん?」
「いや…」
俺の視線を辿った先にいるのはもちろんあの子で。それを知った友人はニヤニヤとした笑みを浮かべる。
どうやら彼女のほうはこのクラスの友達に用事があったらしく、笑いながら談笑をしていた。
「あの子、隣のクラスの苗字さんだろ?」
「苗字さんっていうのか」
「…恋ですか菅原くん?」
名前さえ知らなかったのに恋だなんて。あのほんのわずかな言葉しか交わした事もないのに。そんな事あるわけがない。
嫌な笑みを浮かべるそいつに呆れてため息が漏れる。
「名前も知らなかったんだぞ。
この間保健室で手当してもらっただけだよ」
「なるほどー、それでスガは手当をしてもらったあの子に恋をしちゃったと!」
「…おまえなぁ」
「苗字さん可愛いもんな。仕方ないな!」
この状況を楽しんでいる彼は、例の苗字さんをジーっと見てはニヤニヤと笑っている。その姿はとても気持ち悪いとしか言いようがない。これじゃあ彼女も気が付いてしまうし、気味が悪いだろうからやめてほしい。
「見過ぎ!」
「いいじゃん!スガだって気付いてもらったほうがいいだろ?」
「苗字さんが困るだろ?
それに俺の事なんか覚えてないかもしれないしさ」
「だったら余計にアピールしとかないとな!」
「やめてくださーい」
ばしっ、と友人の肩を強めに叩く。そいつは痛そうに顔を歪めながらやっと彼女から視線を外した。ちらりと前を向いて紙パックのストローに口を付けたとき、ふいにこの教室から出ようとする彼女と目が合う。最後に小さく笑った彼女に驚いて、思わず目を見開いてしまう。
「おー、可愛いなぁ」
驚いたように彼女の去って行く背中を見ている俺と同じように、前に座る友人もそれを見ていたようだった。彼はにやにやと頬杖をつきながら俺を見る。
「俺のほう見てた?」
「バッチリ。スガに笑いかけてたでしょ」
「やっぱり?」
「よかったじゃん。仲良くなれよ」
ふわふわと心が暖かくなるようなそんな気分だ。仲良くなれたらいいのになぁ、なんて。そういえば隣のクラスということは大地と同じクラスか。
一口飲み込んだココアがやけに甘ったるく感じる。こんなことで少し嬉しくなるなんて、男というのは本当に単純だ。
「あ、やべっ、次当たるんだった」
「数学だっけ?課題出てたけど」
「やってないわ。スガ見せて」
「っとに、相変わらずだなお前はー」
昨日手当てしてもらった足はすっかりと良くなっていて、もうバレーボールに触りたくてしょうがなかった。ああ、早くバレーがしたい。今度は怪我なんてしないように気を付けなければ。当たり前の事なのに、なんだか寂しいようなそんな自分がいた。