「わぁ、かわいい…」
手に取ったワンピースはとても可愛らしくて、私には到底似合わないと思ってしまった。
白地に水色とピンクの差し色が入ったそれは、白雪姫のために皆が一生懸命作ってくれた衣装だ。まるでお店で売っているかのように上手く出来ている。私にはもったいない、と思わず申し訳ない気持ちになってしまう。
「間に合って本当によかったよ。
名前ちゃんに似合うといいな」
「こんなに可愛い洋服、私に似合う気がしない…」
「いいからいいから!ほら、着てみて!」
言われた通りにその可愛らしいワンピースに袖を通す。鏡に映った自分はなんだかちぐはぐな気がして落ち着かない。
「名前ちゃん可愛い!すっごく似合ってるよ」
「…ありがとう」
「二口のほうも終わったかな〜?
二人で並んでほしいな!」
こんな姿を彼に見せるなんて。無性に恥ずかしくて、どうしようかと戸惑ってしまう。きっと王子様の格好をした二口くんはかっこいいに決まっている。
準備室へと繋がる扉が開くと何人かの男子生徒と共に、白を基調とした王子様の格好をした彼が姿を現す。白のスーツのようなセットアップは所々にゴールドの飾りが付いていてシンプルだ。それに黒のマントを羽織っている姿は正しく王子様。衣装係りの女の子達も彼を見て、かっこいいと騒いでいる。
「どう?似合ってる?」
私の目の前まで来た彼はいつものちょっと意地悪な顔でそう言った。うわぁ、本当にかっこいい。近くで見るとさらに。
「…似合いすぎ」
「だろー?この衣装いいよな」
衣装もそうだけどやはり素材だ。着る人の素材が良いから、こんなにうまく着こなせる。そういえば前に友達が言っていたことが頭を過った。こんな彼の隣に並ぶなんて、どうしようか。
「もう、二口くんかっこよすぎる。やだ」
「なにそれ。俺かっこいい?」
「…かっこいいよばか」
私に対して目の前の彼は面白そうに笑っている。それが余計に嫌で、私の顔はどんどん難しくなるばかりだ。
「二口くんの隣に立ちたくない…」
私のその言葉に二口くんは何故か顔を顰める。
「なんだよそれ」
「だって釣り合ってないじゃん」
「なに言ってんの。似合ってるじゃん」
「衣装は可愛い」
「ばーか、お前のほうがかわいいよ」
かわいい。あっさりと彼はそう言った。そんなこと言われるとは思ってなくて、思わず瞠目してしまう。顔に熱が集まって頬が暑い。今の私の顔は真っ赤だろう。
「顔真っ赤。かーわいい」
「うるさい、言わないで!」
「自信持てよ。白雪姫は苗字にしかできないから」
二口くんのその言葉にひどく安心した。今まで自信がなかった私にふわっと勇気を与えてくれたような、そんな感じ。
「明日頑張ろうね」
「おう」
明日は最高の日にしよう。今までのクラスの皆の成果を発揮するときだ。中学校最後の文化祭は最高の思い出にしたい。
「二人ともちょっとこっち来てくれる?」
「あ、はーい」
明日はいよいよ本番だ。
視界の端に見えるたくさんの観客と私達を照らす強くて白い光。今まで何度も発してきた言葉がスルリと口から出て行った。魔女から渡された林檎を食べれば、私はもう眠りに着くだけだ。いつの間にか舞台はクライマックス。眠っている白雪姫に近付くのはもちろん白馬の王子様である。少し台詞をいい間違えたりという事があっても、クラスの皆は全体的にとても上手くいっていた。シナリオ通りのはずだった。この時までは。
「ああ、なんと美しい姫なのでしょうか。どうか目を覚ましてください」
だんだんと彼が近付いてくる。緊張で私の心臓が大きく揺れてしまう。あとちょっと、きっともう目の前の観客席からは本当にしているように見えるだろうかという距離。そんなタイミングで勢いよく照明が消え、体育館は暗闇に包まれた。
「…ごめん」
私にしか聞こえないであろう彼の呟きが私の耳を伝う。その言葉とほぼ同時に暖かくて柔らかい感触が私の唇に触れた。
びっくりして思わず一度目を見開いてしまう。慌ててまた目を閉じると、彼がゆっくりと身体を起こしたことが分かる。触れていた時間はほんのわずか数秒だった。だけれども私にはもっとずっと長かったように感じる。ゆっくりと開けた瞳には、暗闇の中でもやけに彼の顔がはっきりと見えた。
ああ、私、二口くんにキスされたんだ。そんなことがあったというのに、私の頭はやけに冷静だった。