「お待たせ…」
「ん、」
壁に寄りかかりながらヘッドフォンで音楽を聞く彼はものすごく絵になる。今も行き交う女の子達がちらちらと彼を見ている。その姿は高校の時とあまり変わっていなくて少し安心した。
隣に並んで歩くなんて慣れているはずなのに、今日はいつもより少し緊張してしまう。
「ねぇ蛍くん。どこ行くの?」
「映画館」
「映画?」
「ほらだいぶ前に山口と三人で観たでしょ。あのシリーズが今やってるんだよ」
「ああ、それは知ってる…」
そういえば高校三年生の終わりの受験が終わってひと段落した頃、山口くんと三人で出掛けた。あの時は映画を観たんだっけ。確かアクション物の洋画で面白かったのを覚えている。ちょっと前から、その続編にあたるシリーズの映画のCMがテレビから流れていたのを思い出す。
「それを観に行くの?」
「そう。山口いないけど別にいいでしょ」
「あとでうるさそうだけどね」
「まぁね」
「酷いよ、ツッキー!とか言いそう」
「やめろ。うるさい」
そんな可愛らしい山口くんを想像して思わず笑ってしまう。山口くんはなんだかこう、癒し的なそんなポジションだ。彼がいるだけで和む気がする。
「駅の反対側に映画館あるよね。
行ったことある?」
「うん、あるよー。
そんなに大きくないけど綺麗で音も良いから結構行くんだぁ」
なんだかこうやっていつの間にか普通に話せてしまっている自分が怖い。今日の彼はまるで昨日のことなんか忘れてしまっているようなそんな感じだ。彼がそんなだからか、 私も何も無かったのだと錯覚してしまう。
「あの黒と赤の建物がそうだよ」
駅を回って反対側に出ると、もうお目当ての建物が顔を出した。黒を基調として、落ち着いた赤がポイントになっているあの建物が先ほど言っていた映画館だ。隣の駅の映画館のほうが、大きくて上映作品や回数も多いからかこちらより人が多くて人気だ。その分この映画館は落ち着いて観られるのが魅力的である。
外にある購入窓口の上の電子ボードで上映時間を確認する。どうやらお目当ての作品は15分後に始まるらしい。チケットを買って飲み物などを買えばちょうど良い時間だ。
「この時間にする?」
「うん」
受付のお姉さんに観たい作品と時間、そして枚数を伝える。細かいお金あったかなぁ、とお財布を取り出すと、彼がスマートに私の分のお金も出してくれた。そして代わりに貰ったチケットの一枚を私に差し出す。
「ありがとう。えっと、お金…」
「いいよ。僕が勝手に誘ったんだし」
「え、でも」
「ここは奢られときなさい」
映画の料金ってそれなりにするし、なんだか申し訳ない。でもきっとこのままごねても彼が不機嫌になるだけだ。ここは甘えておこうか、また今度ご飯でもご馳走しよう。
「蛍くん、ありがとう!」
「どーいたしまして」
目の前のエレベーターで目的の階まで進み、売店で適当に飲み物を買う。私はカルピスで蛍くんはアイスティーだ。これくらいは私が、と蛍くんの分も買わせてもらった。ため息をつかれたけれどそんなことは知らない。これくらいさっきの映画の代金に比べれば安いものだ。
中に入ってブラウンのふかふかの椅子に座ると、すぐに映画の予告やCMなどが始まった。その後にお馴染みのテーマ曲とともに物語が始まる。今回も激しいアクションにドキドキしたり、綺麗な映像や衣装に感激したりと楽しめる作品だった。これはまた続きそうだな、と終わり方を見て思う。どっぷりと映画の世界に入り込んでしまった私は、昨日の事なんてもうちっとも覚えていなかった。
「面白かったね!山口くんにも観てほしいなぁ」
「また続編ありそうだね」
「そうだよね!そうしたら今度は山口くんも一緒に行こうね」
駅までの帰り道、空はとっくに暗くなり綺麗な月が顔を出している。興奮気味な私とは対象的に、彼は相変わらず涼しい顔をしていた。
「家まで送るから」
「え、大丈夫だよ。蛍くん遠回りになっちゃうでしょ?」
「僕がそう言ってるんだからいいの」
「…ありがとう」
暗いからとか、危ないからとか言っていつも彼は家まで送ってくれる。高校の時も遅くなった時はそうだった。彼は本当に優しいのだ。
電車に揺られながらたわいない話をして、彼にからかわれて慌てたり怒ったり、それが昔から楽しかった。
「今日はありがとうね。」
マンションの前まで送ってくれた彼にお礼を言う。そんな私に、急に彼は真剣な表情で口を開いた。
「名前ちゃん」
「…どうしたの?」
その顔は昨日と同じ表情だ。
「昨日言ったこと、全部本当だから。君が好きだってこと」
彼にそう言われながら見つめられて顔が赤くならないわけがない。今が夜で本当によかった。
「でも、わたし…」
「わかってる。僕のこと友達としか思ってないんでしょ?」
正直なところ、自分にもよく分からないのだ。今まで何回かお付き合いをしたことはあるけれど、どれも長続きはしなかった。それにずっと蛍くんのことは友達だと思っていたから。なんだかそう思わなければいけないような気がして。
「でも名前ちゃんは僕のことが好きになるよ。絶対にね」
綺麗に笑いながら彼に優しく頭をぽんぽんと撫でられる。じっと私を見つめる彼に、私は戸惑うことしかできなかった。
「覚悟しててね、名前ちゃん」
その顔が最高にかっこよかった。