「ちょっと名前!どういうことよ!」
授業が終わったあと真っ先にそう問い詰められる。血相を変えた友人の顔がちょっと怖いのは内緒だ。
「蛍くんのこと…?」
「なにその呼び方!もしかして彼氏とか言うんじゃないよね!?」
「ちがうよ!高校の同級生なの」
「同級生!?あのイケメンが名前の同級生…」
興奮状態からだんだんと冷静になった彼女は、ぺたりとまた椅子に座ってしまった。どうやら彼女の言っていたかっこいい人とは蛍くんのことだったらしい。確かに身長も高くて、ほどよく付いた筋肉とすらっと長い手足、整った顔に綺麗な金色の髪の毛はまさしくイケメンだと言えるだろう。
「なんで教えてくれなかったのさー」
「前言ってた男の子って蛍くんだったの?」
「そうだよ!
いいなぁ、あんなイケメンと友達だなんて!」
「蛍くんは昔からモテてたよ」
「そりゃあそうだよね。あんなにかっこいい人中々いないよ。
しかも名前ちょー仲良いみたいじゃん!うらやましっ!」
「…まぁね」
最近は会ってなかったとはいえ、高校の三年間同じクラスだったわけだ。しかもよく話していたし普通の友達よりは仲が良かったと思っている。
もしここで、この間のあの蛍くんとのことを彼女に言ったら…いや、言ったら大変なことになるのは目に見えている。きっと早く付き合っちゃいなよ、とか羨ましいとか散々言われるだろうから。
「それより早くお昼行こう?
学食混んできちゃうよ」
「あっ、そうだね、早く行こう!」
このまま彼の話をしているとなにかボロが出そうで怖い。それにお腹が空いているのも事実だ。授業が終わったあと一言声をかけられて何処かへ行ってしまった蛍くんも、きっと友達とお昼を食べに行ったのだろう。荷物をまとめた彼女を見て、もうだいぶ人も少なくなってきた講義室を出た。
「名前は何食べる?」
「うーん…Aランチにしようかなぁ。唐揚げ食べたい」
「じゃあ私はカレーにしよ!」
お昼時とあって学食は生徒達で賑わっている。今日のランチセットメニューは、Aランチが唐揚げ定食で、Bランチは焼き魚定食だ。あとはカレーやラーメンなどの通常のメニュー。Bランチの今日の焼き魚は秋刀魚らしく、それを見てふいにバイト先の先輩を思い出してしまった。でも唐揚げが好きな私にとって今回はAランチのほうが魅力的だった。
食券を買っておばさんにそれを渡して、ほかほかのご飯と美味しそうな唐揚げが載ったトレーを受け取る。カレーを載せた友人と一緒に空いていた奥のほうの席に座った。
「名前はこのあとすぐ授業だっけ?」
「うん、そう。今日は三限までだから楽だなー」
「いいなぁ。わたしひとつ空くんだよね。しかも今日ゼミだから遅くなりそう」
揚げたてとまでいかないけど暖かい唐揚げはジューシーでとても美味しい。うちの大学は学食が美味しいということでちょっと有名だった。確かにどれも美味しくて値段も安く、学生としてかなり助かっている。
また一つ唐揚げを口に入れたとき、ひょいと白くて長い指が私の唐揚げを掻っ攫っていった。ああ、あと三つしかないのに!
「あっ」
「ホント、名前ちゃんは唐揚げが好きだよね」
顔を上げればそこにはもぐもぐと唐揚げを咀嚼する蛍くんがいた。ニヤリといつものように意地の悪い顔で笑っている。本当に今日はよく会うな。
「わたしの唐揚げ…!」
「ごちそうさまー」
そんな蛍くんの後ろには見たことがない茶髪の男の子が立っていて、珍しそうに私達を見ていた。おそらく蛍くんの友達だろう。彼もまた顔が整っていて身長も高くかっこいい。
「ねぇ、今日何限まで?」
「え、三限で終わりだけど…」
「じゃあ3時に大学前ね」
「え?」
「もしかしてバイトとかあったりする?」
「いや、ないけど…」
「じゃあ決まり。遅れないでよね」
話が分からず置いてけぼりな私にそれだけ言うと、彼はささっと他の所に行ってしまう。飽きれたような顔をしている彼の友達と目があって、肩を竦めながら小さく笑われた。蛍くんの背中を追う彼を見ながら、ちょっと山口くんとは全く別のタイプだなぁと思う。今はそんな山口くんに無償に会いたい。訳の分からない彼の行動の通訳をしてほしい。
「やっぱりかっこいい…!友達までイケメンとか!」
「…山口くん」
はしゃぐ彼女を尻目に小さく彼の親友の名を呟く。
すっかり冷めてしまったお味噌汁を啜りながら、授業終わりが憂鬱だと心底思った。