「名前、おせぇよ!」
暖炉の中で埃を手で払いながら顔を上げれば、見慣れた幼馴染の姿。幼いながらもはっきりと整っていると分かる綺麗な顔立ちをした兄と、兄程ではないにしてもとても可愛らしく整った顔をした弟。対象的な二人の表情はいつ見ても面白かった。
「あれ、おばさまは?」
「お母様はそろそろ帰ってくると思うよ」
「朝から大変なんだねぇ」
レギュラスのサラサラとした黒い髪を撫でると、彼は目を細めて嬉しそうに笑った。うん、本当にかわいい。それに比べて兄の方は、早くしろと言わんばかりの顔で私の腕を強く引っ張ると、さっさと自分の部屋へと向かっていく。
「もう!シリウス、痛いよ!」
「お前がトロイからだろ。ほら、レギュラスも早くしろ!」
シリウスは原作の通り、おじさまやおばさまの事が嫌いだった。もちろんブラック家自体が嫌いなのである。だから顔を合わせない様にほとんど部屋に閉じこもったりしている様だった。まだレギュラスとの仲は良好なのが唯一の救いだ。
前世の私は彼らの過去をほとんど知らない。本に書いてあった基本的なことしか知らないのである。彼らがホグワーツでどういった生活を過ごすのか。はたまた、どういった性格をして、なにを好みなにを嫌っているのか。そりゃあ、会ったこともない架空の人物なのだから当たり前の事なのだが。
「やっぱりクリーチャーの淹れる紅茶は美味しいね」
「うん!」
「んなもん、誰が淹れたって同じだろ」
でも私は、この世界の私は、彼らと同じ世界で生きている。幼馴染として、とても長い時間を共有してきた。これからもきっと、もっともっと長い時間を一緒に過ごす事になるだろう。彼らの性格だって、好みだって、オリオン・ブラックやヴァルブルガ・ブラックより理解していると思っている。私は二人が大好きだ。だから未来でああなると分かってしまった今、私は二人を救いたいと思ってしまうのだ。それはとても傲慢で、貪欲で、絶対にしてはいけない、どうにもならない運命だったとしても。
「わたしね、シリウスもレギュラスも、二人とも大好きだよ!」
だから私は、大好きな二人を救いたい。離したくない。ただの私の我儘な願い。
「僕も名前が大好きだよ…」
少し恥ずかしそうに笑うレギュラスを死なせたくなんかない。
「なに当たり前の事言ってんだ、バカ」
不器用で、でも誰よりも優しいシリウスにあんな思いをしてほしくない。
それがたとえ、禁断の果実だったとしても。