それはほんの偶然だった。セットアップの練習の際、乱れたボールをどうにか触ろうとジャンプをした時に、少し着地に失敗してしまったのが原因だ。不安定な着地のせいでかるく足を捻ってしまったのだ。無理はするものじゃない、と今さらながらに後悔をする。
俺達は一年生だけれども、こうやって積極的に練習に参加できるし、広い体育館のおかげでゲーム方式の練習だって出来る。最近少し無茶をし過ぎたのかもしれない。夏休みの練習もちょっと頑張り過ぎてしまった。
「清水ー、湿布ある?」
「どうかしたの?」
「ちょっと捻っちゃって」
「ごめん、今ちょうど切れちゃって買い出しに行くところなの。
悪いんだけど保健室に行ってもらえる?
とりあえずスプレーだけはして」
「マジかー。わかった」
ちょうど湿布が切れてしまっているとは、なんという不運だ。今日はついていない。とりあえず清水からスプレーを受け取り応急処置をする。サロンパスの様な、あの独特の匂いが鼻につく。それから主将に一言断り、俺は保健室へと向かう事にした。
「おいスガ、お前足やっただろ。大丈夫か?」
「たいしたことないべ!ちょっと保健室行って来る」
大地は本当に人をよく見ている。心配そうな大地にかるく手を振って、少し足を引きずりながら体育館を出た。そんなに痛くないし、冷やせばなんとかなるだろう。
そういえば保健室なんて初めて使うなぁ。確か保健医の先生は若いイケメンだったっけ。あちこちから聞こえる部活動の声を聞きながら、曖昧な保健室の場所を頭に思い浮かべる。
「確かここを曲がって…」
何度か目の前を通った事があるそこは、やはり自分が思っていた通りの場所にあった。
白い扉を開けると、まず真っ白のカーテンとベッドが目に入る。そういえば身体測定で一度だけ訪れたことがあった。まだ数ヶ月前の事だがもう既に懐かしい。
「すみませんー、怪我しちゃって…」
「あ、ここにどうぞ」
俺の言葉に返ってきたのは、思ったよりも随分高めの声だった。丸い椅子に座っていたのは保健医ではなく、制服を着た女生徒だ。
確か何度か廊下で見た事があるような気がする。たぶん同い年。
「今先生が職員会議でいないんです。
私は応急処置くらいしか出来ないけど…先生が来るまで待ちますか?」
「いや、たいしたことないから大丈夫です。
湿布とか貼ってもらえればなって」
「わかりました。ちょっと見ますね」
差し出された椅子に座り、もう一つの椅子に足を投げ出す。ジッと見つめる彼女の視線が少し気恥ずかしい。
「痛いですか?」
「少しだけ。ちょっと捻っただけなんですけど…」
「たぶんかるい捻挫だと思います。冷やしましたか?」
「スプレーはしました。ちょうど救急箱の湿布が切れちゃってたみたいで」
「ああ、なるほど。それじゃあ湿布を貼っておきますね」
ひんやりとした彼女の指が足にあたり、少しだけびっくりしてしまう。手際良く湿布を貼って、慣れたように包帯を巻く彼女に思わず感激してしまった。細く綺麗な白い指を見て、女の子だなぁとドギマギしてしまうのは男子高校生である以上仕方のない事だ。
「今日は様子をみて、まだ痛むようだったら病院に行ってください」
「はい。ありがとうございました!」
利用者名簿に自分の名前を書いていると、いつの間にか手当はもう終わっていたようだった。
心配そうに眉を寄せる彼女にお礼を言って保健室を出る。自分の足に巻かれた包帯を見ると、それは誰よりも綺麗にしっかりと巻かれていた。怪我をしたら毎回手当をしてもらいたいくらいだ。そんなに怪我なんてしたくないけれど。
名前、聞いておけばよかったな、なんて。彼女はなんだか小さな花のような、そんな女の子だった。