「ねぇねぇ二口くん。アイス食べようよ!」
そう言って彼女はすぐ目の前にあるコンビニを指差しながら、片方の手で俺の服を少し引っ張る。こんなに楽しそうにはしゃぐ苗字は初めて見るかもしれない。何がそんなに楽しいのか、はたまたそんなにアイスが食べたかったのか。大人っぽい彼女が珍しく年相応に見えた。
「わーかったから!引っ張るな、伸びる!」
「あ、ごめん」
ぱっと離した手が少し名残惜しそうだった。
「夕方なのに暑いよね。意味わかんない」
「苗字暑いの嫌いそうだよな」
「うん。汗とかそういうのが嫌い。
二口くんこそ嫌いでしょ?暑いの」
「おー、日差しとか痛いしな」
「貴方は女子ですか」
「焼けるの嫌なんだよ、痛いし赤くなるし」
バレーは室内競技だし、外ではロードワークくらいしかやらない。だから日差しにあまり慣れていないのかもしれない。それにそんなに汗をかくのだって好きじゃない。まぁバレーボールは別だけど。
コンビニの自動ドアを抜けるとエアコンの冷たい風が身体を包んだ。
「すずしー」
赤い制服を着た店員の機会的な挨拶を受けて、真っ先にアイス売り場へと向かった。いろいろな種類のアイスが並ばれたそれに、どれにしようか悩んでしまう。
「二口くんどれにするのー?」
「んー、どうすっかなぁ」
「はんぶんこする?」
彼女が指差したのはあの有名な二つの容器を割って食べるアイスだ。定番のコーヒー味と期間限定のカルピス味があるらしい。
「じゃあカルピス」
「おっけー」
彼女はそのカルピス味のアイスを掴みレジへと持っていく。レジに立つニコニコとしたおばさん店員にそれを渡すと、ピッという電子音と共にレジに値段が表示された。
「110円になります」
「これで」
彼女がお財布からお金を取り出す前に、自分のお財布から100円玉と50円玉を一枚ずつ取り出す。シールの貼られたアイスと貰ったお釣りを持って、少し驚いた様子の彼女とコンビニを出た。
「今日は俺の奢りな」
「えっ」
半分だけお金を返そうとする彼女を尻目に、アイスの袋を開けてそれをゴミ箱に捨てる。パキッという音とともに割れたアイスを彼女に差し出した。
「はい、はんぶんこー」
「あ、ありがとう」
「冷てぇ」
「今度は私が奢るからね」
「おう」
「二口くん、ありがとう!」
こんなアイスくらいどうってことないのに。そんなに高いわけでもない。それなのに彼女は満面の笑みで嬉しそうにお礼を言う。
「アイス好きなの」
「うん。冬のアイスも好き。あったかい部屋で食べるの」
「確かにそれ分かる。美味いよなぁ」
暑い時に食べるアイスも美味しいが、冬に食べるそれは格別だ。夏に辛いものを食べたくなるのと同じだろう。
冷たいアイスのおかげでこの暑さも和らぐ。まだまだ陽が沈むのが遅いこの時期は夕方も蒸し暑い。空は茜色に染まっていて西陽が少し眩しかった。
「課題やった?」
「まぁ、それなりには」
「今年は受験だからか少なくていいよね、助かる」
「やっぱり塾とか大変?ほら夏期講習とかあるんだろ」
「うーん、ちょっと課題が多いかな」
たわいない会話なのに、いつもよりずっと嬉しそうに笑う彼女はやはり中学生らしい。
「なんでそんな嬉しそうなの」
「え、わたし?」
「そう」
少し頬を赤くした彼女がまた嬉しそうに笑う。
「だって、なんか楽しいんだもん…」
控えめにそう呟く彼女の初めてみるその表情がなんだか新鮮だった。