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「#幼馴染」のBL小説を読む
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「そこで王子が白雪姫に顔を近づけて、ギリギリのところで照明を落とす!
ちょっと二口近付いてみて!」

そんな高橋さんの声に、私は閉じていた目を思わず開けてしまった。私の少し上の方で、二口くんの飽きれたような小さな声が漏れた。嘘でしょ。この状況で、この教室で。これは物語の一番の見せ場なのかもしれないけれど、こんなのって恥ずかしすぎる。信じられないといった風に、二口くんとお互いの顔を見合わせる。

「ちょっとだけ王子が前屈みになって、白雪姫の顔を隠してほしいの。
もちろん本当にはしなくていいから、上手くしているように見せてほしい!」

彼女がなんだかいつもより気合が入っている理由がなんとなく分かった。そっか、このシーンのせいか。クライマックス、この物語の見せ場。それに高橋さんの気合が入らないわけがない。私は起き上がることも出来ずに、熱弁をしている高橋さんの方へ顔を傾けた。硬い机のせいか首が痛い。

「10センチくらいまでは近づいてほしいかな。
そのくらいで照明を落とすから、そうしたらそのままの体制で止まっててくれればいいからさ」

10センチって。いくらなんでも近すぎる。目を瞑っていていいというのが、本当に幸いだ。

「ごめんね、距離だけでも見たいからとりあえずやってもらえる?」

「…じゃあいいところでストップって言ってもらえる?」

「分かった!」

そんな二口くんと高橋さんの会話を、私はギョッとしたような目で彼らを交互に見る。それに気が付いた彼が少しだけ眉根を寄せた。

「ほら、やるぞ」

「…えええ」

「あいつに何言っても無駄。どうせやらされるんだからさ」

それもそうだ。こうなることは白雪姫に決まってから分かり切っていたことである。私もいつまでも駄々をこねているわけにはいかない。二口くんだって嫌だろうし。私は嫌というか、恥ずかしいだけだ。

「いきまーす!」

高橋さんが手を叩いたと同時に、今まで少し騒がしかった教室が静まる。目を閉じながら、だんだんと二口くんが近付いてくるのが分かった。みんなが息を飲むのをここからでも感じる。ああ、嫌だな。こんな明るい教室で。肌荒れとか大丈夫かな。もっとちゃんと鏡を見ておくんだった。かるく私の髪に触れた彼の指がこそばゆい。
それから何度かそのシーンの練習をした。時間の関係で数回くらいしか出来なかったけれど、もう私はヘトヘトだった。緊張で可笑しくなりそうだ。これは慣れなきゃいけない。

「2人ともお疲れ!
悪いんだけど、帰りにちょっと被服室に寄ってもらってもいい?
衣装係の子達がそこにいるから」

「もう衣装できたの?」

「まだ装飾とかはしてないけど形だけは出来たみたい。
ごめんね、疲れてるのに」

「分かった。俺らだけ行けばいい?」

「うん、お願い」

荷物をかるくまとめて帰るだろう他の皆に別れを告げると、二口くんと一緒に被服室へと向かった。正直もう疲れたので帰りたいけれど仕方が無い。

「もう形だけでも出来たとか早くね?」

「ねー、みんなヤル気だもん」

「俺どんな衣装着せられるんだろ。フリフリとか本当に勘弁してほしい」

「なにそれ、おもしろい」

「ふざけんな」

「王子様の衣装楽しみだなぁ!」

「うざい、苗字うざい」

そんな暴言を吐きながら彼はコツンと私の頭を叩いた。地味に痛い。王子様の衣装といえば誰もが想像がつくだろう、フリフリなレースとかぼちゃパンツ。そんな二口くんを想像したらまた笑ってしまった。そんな私を、彼は不機嫌そうに睨みつける。イケメンが睨むと迫力があるなぁ。
そんなくだらない話をしていればもう目の前は被覆室だ。廊下までもれる中の喧騒が文化祭の準備らしい。少し茶色くなった白い扉を開けて中へ入れば、何人かの女性との話し声とミシンの音が広がっていた。

「あ、名前と二口!ごめんね〜、待ってたよ!」

それからは本当にあっという間だった。二口くんを被覆室の隣の準備室へ連れて行き、私はこの部屋で言われるがまま洋服を着せられたり、どんな色が似合うか合わせたりとそれなりの時間がかかった。ものの数分で終わると思っていたのに気が付けば30分もたってしまっている。
帰っていいよ、と言われる頃にはもうヘトヘトだった。きっと二口くんは帰ってしまっているだろうなぁ、と思いつつまた廊下へ出ると、そこには壁に寄りかかりながら携帯を弄る彼の姿。本当に彼は絵になる。

「遅い」

「どうしたの、帰ってるかと思ってた」

「苗字のこと待っててやったの」

「え、」

「ほら、ささっと行くぞー」

「あ、ちょっと待って…!」

さっさと先に行ってしまう彼を追いかけて隣に並ぶ。ジッと彼の横顔を見ていると、彼は何だと眉根を寄せる。待っていてくれたことが嬉しくて、思わず笑みが零れた。

「二口くん、ありがとう」

「…べつに」

廊下の窓から見える空は、いつの間にか夕焼けだった。