「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだれ?」
七月も終わり、ますます暑くなる今日この頃。何回か練習を重ねながらほとんどのキャストが台詞を覚え、もう台本無しの本格的な演技の練習をしている。今はあの有名な魔女のシーンの練習だ。出番の無い俺は、大道具を手伝っていた。
「どうよー?王子様はさ」
からかうようなそんな問いに、思いっきり顔をしかめる。ペンキで色を塗っているせいか、そいつの顔には何色かのペンキがついていた。おい、そのニヤニヤ顔やめろ。
「うっさい」
「二口が王子様とか!まぁすっげぇ似合ってるけど」
「知ってますー」
「うぜぇ〜」
ケラケラと笑いながらも手を進めるこいつは、なんだかんだ言って仲が良いほうだと思う。バレー部以外ではたぶん一番一緒にいる。別に嫌いじゃない。不本意だけど。
「最近苗字さんと仲良いじゃん」
思わずほんの一瞬だけ作業をしている手を止めてしまう。あ、やべぇ。ちょっとはみ出た。
「まあね」
肝心の白雪姫はどうやら今日は遅れるらしい。夏期講習がなんたらとか言っていた気がする。まぁもうそろそろ来るだろうけど。
「なんか似てるよな、お前らって」
急に少し真面目な声色のそれに、作業をしている手を止めてそいつの顔を見る。あまり見たことがない、珍しいその表情に少し驚いた。こいつのこんな顔、あんまり見ない。
「そうか?」
「ああ。どうでもいい事には、とことん無関心なところとか」
「俺はそうかもしれないけど、苗字はそんなことないと思うけど」
「上手く隠してんじゃねーの、知らないけどさ。
あと、慣れるとやけに懐くところとかな」
そう言って笑うそいつはやけに嬉しそうだった。俺にはそんなに嬉しそうにする理由が分からない。それに、懐くってなんだ。人を猫みたいに。
「まぁ俺は二口のそういうところ嫌いじゃないけどな」
「なんだよ、きもい」
「ひでぇ!」
ああ、こいつは本当にいい奴なんだ。俺もお前のそういうところ、嫌いじゃねぇよ。絶対に言ってやらないけど。
「遅くなってごめんなさいっ!」
あと一時間くらいで今日の練習も終わるなぁ、なんて思っていたときに、勢いよく教室の扉が開いた。少し顔を赤くした彼女は、息を切らしながら本当に申し訳なさそうな顔をする。もうあと一時間しかないのだから、今日くらい休んでしまえばいいのに。面倒だといいながらも、案外苗字は真面目だからそうも出来ないのだろうけど。
「夏期講習だっけ?お疲れ」
「ありがとう。どこまで進んだの?」
「今日は魔女のところを中心にやってるよ。
白雪姫がいないとあんまりできないからな」
「だからごめんってば!」
「はいはい〜」
彼女は俺の冗談に少し怒ったように慌てている。そんな彼女に笑いながら、台本を手に取り俺も演劇のほうに戻ることにした。たぶん、これからは白雪姫と王子のシーンの練習だろうから。
「それじゃあ名前ちゃんも来たところで、さっそくラストシーンやろっか!
やっぱり一番よく見せたいから、丁寧にやりたいの」
やけにいつもより張り切った様子の高橋に、みんな若干ひいたような苦笑いをもらす。いつもヤル気十分なのだが、どことなく今はいつも以上だ。
「ここに白雪姫が寝てもらって王子がここに立ってー、ここの台詞からね!」
机を並べただけのかなり不安定な簡易なベッドに横になるなんて、ちょっと苗字が可哀想だ。まだ大道具が出来てないのだから仕方がないけれど。彼女は不安な顔をしつつつも、恐る恐るそこに横になる。俺も言われた通りの位置にスタンバイし、高橋の合図とともに台詞を読み始めた。そういえばここのシーンを、こうやって本格的にやるのは初めてかもしれない。
「ああ、なんと美しい姫なのでしょうか。どうか目を覚ましてください」
こんなこっぱずかしい台詞を言えた自分に拍手を送りたい。なんで俺がこんな台詞、いくらなんでも気持ちが悪いな。まぁ、ほとんどこういった台詞だからもう慣れてしまったけど。慣れって怖い。
目を閉じて眠っている彼女は、初めてのシーンだからか、少し緊張しているようだ。そんな眠っているだけの彼女が羨ましくも思える。俺は手を伸ばして、そっと白雪姫の髪に触る。驚いたように小さく肩を震わせた彼女が、小動物のようでなんだか可愛らしかった。