text | ナノ

僕は今日も狼になる。今月もまた、この日がやってきた。

「まったく酷い顔色ですよ。
どうしてもっと早く来なかったんですか」

「…マダム、ごめんなさい」

「ほら早くベッドに入って。明日まで医務室ですからね」

マダムに急かされるように、気怠い身体を白いベッドに投げ出す。とても気持ちが悪い。今すぐにでも吐いてしまいそうだ。
マダムから何かの魔法薬を受け取り、それに口をつける。すると、急に眠気が襲ってきた。瞼が重く、ゆっくりと思考が停止していく。どうやらそれは、眠り薬だったようだ。ちゃんと眠れていなかった僕にはとても有難い。ああ、このままずっと眠っていたい。そうすれば、僕は、狼にならなくて済むのかな。

「ゆっくり眠りなさい。……今日だけは」

悲しそうに笑うマダムを最後に、僕は深い眠りに落ちた。


「マダム!リーマスは大丈夫なんですか!?」

次に目を覚ましたのは、おそらく次の日の午前中だ。カーテンの向こうで、騒がしいジェームズの声が聞こえる。僕の事を心配してくれているらしい。素直に嬉しいと、少し心が暖かくなる。

「ポッター!静かにしなさい!」

「マダム、俺たちはリーマスの事が心配なんだ。会わせてくれよ!」

「…はぁ。ルーピンが起きていたらですからね。寝ていたら貴方達には帰ってもらいますよ」

そのマダムの言葉に、僕はゆっくりと身体を起こした。たくさん眠ったせいか、少し気分が良い。少しカーテンが揺れて、控えめにマダムとジェームズ達の顔が覗いた。

「やぁ」

「リーマス!!」

「あら、ルーピン起きていたのですね」

「はい。誰かさん達がうるさくて」

僕の小さな嫌味に、ジェームズは申し訳なさそうに、シリウスはそれをかるくあしらうように笑う。ピーターに至っては、オドオドとしながらも、でも嬉しそうに笑ってくれている。マダムは呆れたように、また息を吐いた。

「10分だけですからね。それと、騒がないように。いいですね?」

マダムは強く念を押して、カーテンの向こう側へと去って行った。それを見届けてから、少し興奮したように彼らが話し出す。

「リーマス、昨日から帰ってこないから心配したんだよ!」

「ごめん、三人ともありがとう」

「もう体調は大丈夫なの?」

「うん、よく眠ったからね」

「昨日よりはいいかもしれねぇけど、まだ顔色悪いぞ?」

「今日一日寝てたらすぐ治るよ」

彼らに本当の事を言えないという事実に少し胸が痛む。本当の僕を知ってしまったら、人狼だと知られてしまったら、僕はもうここにはいられない。彼らにも、二度と会えなくなるだろう。僕に会いたいとは思わなくなるはずだから。出来るだけ笑顔で、何でもないと笑いながら、彼らとたくさんの言葉を交わした。

「もう10分ですよ。早く帰りなさい」

マダムの怒ったような声色に、彼らはしょうがないという顔をする。最後にもう一度お礼を言って、三人に手を振った。その後マダムからかるめの朝食兼昼食を受け取り、それを食べてから僕はまた眠りにつく。

「月が出る前に行きますからね。しっかり眠りなさい。」

ああ、本当に、ずっと眠ってしまっていたい。



身体中が悲鳴をあげ、自分でつけた傷口がズキズキと痛む。マダムに治療をしてもらったのだから、この痛みも傷もすぐに治るだろう。やっと満月が終わった。空はもう明るい。今日とて、狼になることは最悪だった。記憶なんて無いのだけれど。
気怠い身体を自分で支えながら寮へと足を運ぶ。早く寝てしまいたい。朝早くに起こされて迷惑そうな夫人に合言葉を告げる。なんだかグリフィンドール寮が久しぶりに思えた。

「…名前?」

談話室には、流石に誰もいないと思っていたのに。煖炉の前の机にレポートを広げながら眠る彼女を見つけて、それに驚いてしまう。彼女は夜遅くまで課題でもやっていたのだろうか。
彼女に近付くと、気持ち良さそうに眠っていた。こんなところで眠っていたら風邪をひいてしまう。いくらまだ9月といえど、朝晩は寒い。起こさないように、近くにあった毛布を名前の肩にかけた。ちらっと覗く羊皮紙には、魔法薬らしき文字が並んでいる。

「……りー、ます?」

眠そうに少しだけ目を開ける彼女が、僕の名前を呼んだ。ああ、起こしてしまったのか。

「こんな所で寝ていたら風邪をひくよ」

「毛布かけてくれたのね。ありがとう」

「夜遅くまで課題をやっていたのかい?」

小さく欠伸をして、彼女は笑いながら頷いた。どうしてそこまで頑張るのだろうか。こんな夜遅くまで勉強しなくてもいいのに。

「それにね、シリウス達がリーマスが今日帰ってくるって言ってたから。
おかえりって言おうと思って」

「…え?」

僕の事を待っていてくれたのだろうか。いつ帰ってくるか分からないのに?

「ちゃんと帰ってきてくれてよかった」

そんなこと、今まで言われた事がなくて。人狼になったあとは、ただ大丈夫かと、それしか貰えなかったから。その言葉がどんなに欲しかったか。

「おかえり、リーマス」

「…ただいま」

綺麗に笑う彼女が、とても美しい。君は何も知らないはずなのに、僕が欲しい言葉をたくさんくれたんだ。

「ありがとう、名前」

「どういたしまして?」

おかえり、って、とってもいい言葉だね。