あれよあれよと演目と役が決まり、照明や音響などの裏方も大方決まってきた今日この頃。あともう少しで夏休みに入ろうとしている7月の終わり。部活がない夏休みなんて新鮮だすぎる。その代わり普通は受験勉強に追われる毎日なのだろうが、まぁ俺はスポーツ推薦がいくつかきているので関係のないことだ。勉強はそこそこでいい。夏休み前最後の文化祭準備である今日は、白雪姫の台本が配られた。この後は衣装を作るための採寸と、裏方は劇に使う道具作りをするらしい。
「ねぇ、二口くん。
私これ無理だよ、むりむり」
パラパラと台本を捲りながら、嫌そうに顔を歪める苗字を見て、俺も同じように台本に目を通した。内容は結構本格的だし、台詞だって多い。不本意ながらも、王子様という似ても似つかない役になってしまったのだから、もうしょうがないことだ。
「結構台詞あるな」
「ほんとそれ。それに私、白雪姫っていう柄じゃない」
「いいじゃん白雪姫。似合ってるし」
「二口くんは王子様っぽいけど、私は無理」
俺が王子様っぽい?それこそありえない。ないない。もう満場一致で決まってしまったわけだし、俺らが意義を唱えたところでそれが通るはずもない。一応彼女とは相手役ということになるのだ。その点は、うるさい変な女じゃなくてよかったと心底思う。
「夏休みの練習は、受験生ということもあってあまりありません。
最初の練習までに役がついている人は、必ず台詞を覚えてきてください!
大変だと思いますが、なるべく練習には参加してください!」
最初の練習は夏休みに入って三日後にある。あと一週間くらいか。それまでに台詞を覚えなきゃいけない。俺の出番は後半がほとんどだ。その代わり白雪姫は後半は眠ってしまうので、前半がほとんどだった。
「では裏方の人は早速作業に入りまーす!
出る人は衣装の採寸をします!
男子はこの教室て、女子は被服室に移動してください!」
実行委員と高橋を中心にテキパキと準備が進んでいく。俺はこれから採寸か。ジッと大人しくしてなくてはいけない。面倒だ。隣の彼女を見れば、うな垂れたように机に突っ伏していた。本当にこいつも往生際が悪いな。
「ほら、しゃんとする!」
「やだー行きたくない」
「もうしょうがねぇじゃん。腹くくれ」
その言葉に、苗字はムッとしたよう表情で、俺を見上げた。そんな彼女の肩を掴んで、無理矢理立たせる。もうクラスの奴らは、ぞろぞろと自分のポジションに移動している。
「いいじゃん、白雪姫。苗字に似合ってるよ」
あれ、こんなに俺って優しかったっけ。彼女には、そんな俺のなけなしの優しさも伝わっていないようだけど。
「それに俺が王子様なんだから別にいいだろ?」
きっと今俺は意地の悪い顔をしているだろう。ニヤリと口角が上がっているはずだ。そんな俺の突拍子もない言葉に、苗字は驚いたようにポカーンと間抜けな顔をしていた。
「二口くんのナルシスト!」
「苗字変な顔〜」
少し頬を赤く染めながら、バタバタと教室を出て行く彼女を見て思わず笑ってしまう。なんだよナルシストって。見かけによらず、苗字って面白い。ただちょっとからかいたかった。そう、ただそれだけ。
「二口ー、測るぞー」
「おう、今行く」
彼女の小さな背中を見送りながら、王子様も悪くないかな、なんてそんなことを思った。柄じゃないけどね。