「めんどくせー」
「ちょっと、ね…」
俺のそんな小さな独り言に、隣の彼女は苦笑いしながらそう答えた。確か、名前は苗字名前。今年初めて同じクラスになった、今まで全く関わりの無かった女子生徒。サラサラの髪の毛と白い肌、そして控えめの性格は男好みだと思うし、実際に何度か名前だけは聞いたことがあった。しかしこうやって話をするのは初めてだ。隣になってみて少し接する機会も増え、意外にももっと大人しいと思っていた彼女の性格はサバサバとして、接しやすいものだった。
「メイド、執事喫茶がいい人。……コスプレ喫茶がいい人…」
実行委員はそうやって順々に決を取っていく。俺は無難に普通の喫茶店に手を挙げた。隣の彼女も、さっき言ったように同じものに手を挙げていた。演劇なんて本当に面倒くさい。台詞も覚えなきゃいけないし、演技なんてできるあわけがない。衣装合わせや大道具作りだって御免だ。妥協して照明などの裏方ならまだ良い。しかし自惚れではなく、俺は見た目が良いから演劇となれば裏方とはいかないだろう。正直言えば、無難に飲食店に決まってほしいのが本音だ。しかし、そう簡単に上手くはいかない。
「演劇が10人か…とりあえず今度は飲食系、演劇の2つで決を取ります。」
もちろん過半数とまではいかいものの、演劇が一番多いという結果になってしまった。飲食系は数が多いから、色々なものにバラけてしまったらしい。それを合わせれば半数いくかどうかなのだが、とりあえず飲食系か演劇かということか。ああ、本当に面倒だ。文化祭当日はそれなりに楽しいが、如何せんこういった準備などが嫌いなのだ。それにどうせ中学校の文化祭だ。まだ他の中学のように発表会や展示物のみ、というよりは随分マシだが、所詮は中学生が作るもの。クオリティはそんなに高くはない。
「まさか、演劇になっちゃうとか…?」
隣の彼女を見れば困ったように眉を寄せていた。どうやら彼女も俺と同じ気持ちらしい。
「演技なんてできねぇよ。したことないし」
「そうだよねー」
「あー、面倒だな」
「準備も本番も大変だもん。嫌だなぁ」
俺たちの声は周りの声にかき消されて、お互いにしかほとんど聞こえていないだろう。これが演劇部の部長の耳に届いたら、なんと言われるか。
「では、飲食系がいい人。……演劇がいい人」
見た感じではどちらが多いかなんて分からなかった。それくらいの僅差。演劇がやりたい人なんてこんなにいたのか。上手く演劇部の部長に触発されたのか。文化祭なんてちゃっちゃっと終わらせてしまいたいのに。
「……15人と17人で、今年の3Aの出し物は演劇になります。いいですか?」
その声にまた教室がうるさくなった。最悪だ。まさか、本当に演劇になるなんて。
「…決まっちゃったね、」
なんでこれに決まっちゃったんだ、まったく。