text | ナノ

いつものように眼が覚めると、見慣れた天井が目に映った。赤葦はゆっくりとした動作で起き上がると、先ほど見ていた夢を思い出していた。年に4度見るその不思議な夢は、彼にとって何でも話す事の出来る息抜きのような、大切な物だった。もちろんそれが、自分が作り出した虚像だと分かっていても。だからこそ、他人に話しづらい自分の弱さを見せるようなことも、その夢の中では出来たのだ。
しかし、今日見た夢はいつもとは少し違っていた。この夢を見始めてから何年も変わらなかった景色に変化が起こったのだ。何か今までと違う。とても曖昧だけれども、赤葦は直感でそう思ってしまったのだ。

「あかあしー!アイス食べに行こうぜ!」

放課後の部活が終わった後、赤葦が所属するバレー部の主将である木兎は、いつもの高いテンションのまま赤葦へ詰め寄った。先程まで降っていた雨もちょうどよく止んだようで、帰りにコンビニへ寄ることも億劫ではないだろう。

「いいですよ」

「よぉーし、じゃあ帰るぞ!」

学校から最寄り駅までの間にあるコンビニへ入ると、木兎は一目散にアイスコーナーへと向かう。何を食べようか悩んでいるようで、その目はいつになく真剣だった。赤葦も後からそれに続くと、目に付いた物を手に取った。今日はチョコレートの気分だ。

「赤葦、それにするのか?」

「はい。木兎さんは決まりましたか?」

「ガリガリくんにするか、パピコにするか…」

木兎は少し悩むと、ガリガリくんを手に取った。どうやら今日はそれにするらしい。そのまま2人はレジへと進み会計を済ます。コンビニを出てから嬉しそうにアイスの袋を破る木兎を尻目に、赤葦も自分のアイスの封を切った。
もうすぐ梅雨も明けるだろう。そうしたらまた、暑い夏がやってくる。体育館は尋常ではないくらい暑くなるし、バレーをするにはカーテンを閉めなければいけないから余計に暑い。もう既に梅雨のせいか、ジメジメと暑い毎日なのだが。

「腹へったー!」

「アイス食べてるじゃないですか」

「全然足らん!」

部活終わりの男子高校生にとって、アイスなど少しの腹の足しにもならないらしい。家に帰れば夕食が待っているわけなのだが、練習で動いた体は直ぐにでも食べ物を欲しているわけだ。
非常に行儀が悪い事なのだが、アイスを食べながら歩いていればすぐに最寄り駅が見えてくる。電車に乗ればもう家も間近だ。隣の木兎は既にアイスを食べ終わり、棒を口に咥えていた。
赤葦は、自分も食べ終わったチョコレートバーの棒を駅前に設置されていたゴミ箱へ捨てると、電光掲示板へ目を向ける。次の発車まであと10分弱。ICカードを取り出し、慣れた手つきで改札を抜ける。木兎と話しながらホームを歩いていると、ふと向かいのホームに違和感を覚えた。

「ん?赤葦?」

不思議そうにする木兎を尻目に赤葦はその場に立ち止まり、向かいのホームをジッと見つめていた。みるみるうちに変わっていくその表情は、いつもの気怠げな顔とは全く違う。とても驚いている、傍目に見てそれがよく分かった。

「…名前?」

その視線の先には、数駅先にある有名女子校の制服。彼が虚像だと思っていた彼女の姿があったのだ。
一瞬赤葦は、それが他人の空似だと考えた。しかしながら、それは違うと確信をしてしまったのだ。彼女が、赤葦を見てとても驚いたような顔をしたから。
向かい側から電車がやって来る。隣の友達に促される様に電車に乗った彼女と、窓越しにもう一度視線が合う。彼女と赤葦はまるで同じような顔して、そこで向かい合っていた。