「え、京治くん副主将だったの?」
「…主将が少し変わってる人でね」
春も終わりを迎え梅雨真っ只中の季節に、またその夢は現れた。名前の創り出した虚像である筈の赤葦にも、ある程度の設定というものがあるらしい。今年の春に高校二年生へ進級した名前と赤葦は同い年だった。そしてそんな赤葦は、既に一年生の頃からバレー部の副主将を務めていたというのだ。
「あー、前に言ってた人?」
「そう、木兎さんっていうんだけど」
「そう、ボクトさん!赤葦っていう苗字も変わってるなぁと思ったけど、ボクトも珍しいね。
どういう漢字なの?」
「花木の木に、兎(うさぎ)っていう字だよ」
”赤葦”や”木兎”という少し変わった苗字等、どこから思いついたのだろうか。名前の友達や知り合いにも、今まで読んだ事のある本の中でも、その様な苗字を目にした事はないと思った。夢というものは、自分さえも覚えていない様な些細な事でさえも、こうやって夢として表現してくるらしい。
「名前も東京に住んでいるんだよね」
「うん、そうだよ」
「確かに俺も今まで、赤葦っていう苗字の人は見た事ないよ」
「私も!」
本当に私と同じ東京に住んでいてくれたら。名前は度々、赤葦に対してそう思う事がある。
「…高校は共学なの?」
赤葦のその問に、名前は驚いた様に目を見開いた。何せ今まで、お互いの住んでいる場所や通っている学校等、”場所”について会話をした事が無かったからである。そんな事を聞いても、虚像だと思っている赤葦がその場にいるわけではない。そう思うと、名前は無意識にその話題を避ける様になった。
「私は女子高なんだ」
「へぇ、女子高なんだ」
「赤葦くんのところは共学なの?」
「そうだよ」
高校の名前は?そう聞いてしまったら、いけない様な気がして。自分が空しくなるだけだと、名前にはその言葉を口にする事が出来なかった。
「女子高って、なんかお嬢様っぽいよね」
「そんなことないよ。男の子がいないと、いろいろね…」
「あんまり聞かない方がいい話かも」
そう言って笑った赤葦に、名前もつられた様に笑う。女子高に通っている彼女には、共学の学校が羨ましく思えた。女子高に通っているから、赤葦の様な男の子に出会えないのだろうか。
「…あ」
そんな風に考えていると、突然の赤葦の驚いた様な呟きに、名前は思わず彼へ目線を向けた。顔を上に向けている赤葦を不思議に思いながらも、自分も同じ様に上を見る。いつもと変わらない小さな星達の中に、名前は此処で初めて目にするものがあった。
「あれ…、もしかして太陽?」
「…嘘だろ」
十数年間も変わらなかった風景が、どうして今、変化をしたのか。遠くにサンサンと輝くあれは、まさしく太陽であった。二人で驚いた様に顔を見合わせたのもつかの間、名前にはそろそろこの夢が終わってしまうのだという事が分かった。どうして、このタイミングで夢が終わってしまうのか。タイミングが悪すぎるではないか。
「あ、そろそろ…」
私がそう呟いたと同時に、世界は暗転した。そして次に名前が目にするのは、見慣れた白だ。