いつの間にか、日本とは比べ物にならない程寒い冬が過ぎ去り、草花が可愛らしく咲く季節がやって来た。イースター休暇も終わり、数か月もすれば試験が始まる。試験に向けてだんだんと混み始めて来る図書室は、今はまだ半分程の席が空いている状態であった。
「ここ、座ってもいい?」
見慣れた顔を見つけて近寄れば、彼らは机上の物を少し片付けながら私の席を空けてくれた。それに感謝を伝えて、空いた席へと座る。
「レギュラスもセブルスも仲良いんだね」
「名前がセブルス先輩を紹介してくれた時からね」
マダム・ピンスが目を光らせている図書室では、あまり大きな声で話す事は出来ないものの、普段は一般の生徒と同じ様に優等生である私達を彼女が特に気にするはずもなく、このくらいのお喋りは特に問題無く行う事が出来る。
「魔法薬学はセブルスに聞くといいよ」
「うん、セブルス先輩に聞くのが1番よく分かる」
「別に俺じゃなくてもフラールに聞けばいいだろう」
「私の説明よりセブルスの説明のほうが上手でしょ?」
「名前はたまに感覚的に物を言う事があるからね」
「誰かのお兄さんと一緒ね」
私は物事を説明する事がそんなに得意ではないので、こういう事はセブルスの方がとても上手にこなす。レギュラスの性格もあると思うけれど、なんだかんだ言ってこうやって後輩の面倒を見ているわけで。そういう所が教師に向いているんだなと、時たま思う事があった。
「セブルスって意外と面倒見いいよね」
私のその言葉に嫌そうに眉根を寄せた彼は、あり得ないというような顔をした。私もいつか、スネイプ先生の授業を受けたいものだ。それは絶対に叶わない事なのだけれども。
「ほら、こんな私とも何だかんだ言って一緒に居てくれるし」
初めて会った時よりも、セブルスとの関係はだいぶ良くなったはずだ。きっと彼は頭が良いから、私の行動だったり表情の違和感に気がついているだろう。だから、最初に彼は私を見ると怪訝そうな顔をしていた。物語と重ねて、どうしてもリリーに対して後ろめたくなってしまう。セブルスとリリーが一緒に居ると余計に。だから、隠そうとしても、見せないようにと努力をしても、それが表に出てしまう事があると思う。でも彼は、私に何も尋ねては来なかった。
「…別に、お前といると勉強になる事が多いからだ」
そんな彼の優しさに、私はずっと救われている。
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「シリウスー!」
グリフィンドール寮へと帰る途中、目の前を歩く見慣れた後ろ姿に小走りで駆け寄った。私の声にこちらを振り向いた彼の顔には、朝にはなかった筈の小さな傷があちこちに付いている。
「あ、名前。ちょうどいい所に来たな」
「…ちょっと、その顔どうしたの?」
「大したことない。ジェームズと遊んでたんだよ」
「それくらいなら魔法で直ぐに治るでしょ?」
「ああ、だからやってもらおうと思って」
「シリウスなら自分で直せるでしょ」
「できない、名前がやって」
自信満々にそんな事を言ってのける彼に、思わず呆れてため息が出てしまう。そんな私の手を御構い無しに引いたシリウスは、すぐそこだった寮の中に入ると私を自分の部屋へと連れて行く。
「シリウス、ここ男子寮なんだけど」
「女子は入れるからいいだろ。それに俺たちの部屋には誰もいない筈だ」
何度か入った事のある4人の部屋は相変わらず汚くて、見た事も無いような変な道具がそこら中に散らばっていた。
シリウスは私を自分のベッドの上へ座らせると、彼も私と向かい合わせになる様にそこへ胡座をかく。
「ほら、名前頼んだ」
その横暴な態度は昔からずっと変わらない。彼は怪我をすると決まって私の所へ来るのだ。昔は魔法なんか使えなかったから、お父さんが作ってくれた塗り薬を塗って。両親にやってもらえれば直ぐに治った筈だけれど、彼はそれをしなかった。そうした理由も分かる。だけれども、今は自分で直ぐに治せるのに。
「エピスキー」
見る見る治っていく傷を見て、少しあの頃が懐かしくなった。
「はい、綺麗に治ったよ」
「…ちぇ、つまんねぇの」
「失敗してほしかったの?」
「そうじゃない」
拗ねたような顔をするシリウスの顔は、傷が消えていつも通りの整った顔に戻っていた。これだけの顔立ちならば、傷ができたって関係ないのだけれども。
傷が無いか確認する為にも、ニキビひとつない綺麗な頬に触れた。相変わらず、女の子に負けないくらい綺麗な肌をしている。
「うん、大丈夫みたいだね。全部無くなってる」
シリウスの顔から手を離すと、それを追って彼の左手が私の右手を掴んだ。そのまま軽く引っ張ると、私は彼の胸の中へなだれ込むような形になる。シリウスの腕が私の肩に手を回したかと思えば、いつの間にかベッドの上へ寝転がる形になっていた。
「…シリウス、苦しい」
私を腕の中へ閉じ込めたシリウスが、小さく笑った音が聞こえる。それと耳に広がるのは、彼の心臓が動く音。
「名前」
少し掠れた声が妙に色っぽくて、少しだけドキドキする。いっぱいに広がるシリウスの匂いがそれを助長させているようだ。優しく名前を呼ぶ声も、壊れ物の様に私の頭を撫でるその手も全部。
「…久しぶりだね、シリウス」
ホグワーツにいるとどうしても、シリウスやレギュラスとの時間は減ってしまうから。ずっと成長した彼にドギマギするのも仕方がないと、自分に言い訳なんかしたりして。どこか自分のこの気持ちを認めてはいけないと思う私がいるから。だから今はまだそれに見て見ぬふりをさせてほしい。
そうやって、心地よい暖かさに当たり前のように瞼が落ちた。