「さすがだね、こんなに早く気が付かれてしまうなんて思わなかった」
彼らがそんなに賢くなければ、僕はもう少し彼らと一緒にいられたのだろうか。所詮、それは夢の様な話で、今僕が此処にいる事だって奇跡の様な出来事なのだから。本来忌まわしい存在である僕には、勿体ない生活だったんだ。
「さっきも言った通り、僕は人狼だ。満月の光を浴びると卑しい狼へ変身するんだ」
皆が皆、彼女の様ではない。名前が特別なんだ。隣の彼女は柔らかく笑いながら、強く握りしめた僕の手を優しく取る。その暖かい温もりは、涙が出そうになる程に優しくて幸せな物だった。
「どうして人狼がホグワーツに通えるのか、誰もがきっとそう思うね。ダンブルドアの好意で、僕は今此処にいる。…僕が人狼だと知った君達は、これから何をするんだい?」
僕があの日、グレイバックによって人狼への身へと姿を変えた日から、僕の周りにいた人々は皆いなくなった。追い出されるように住まいを変え、人狼だと回りに知られない様に、隠れながら暮らしてきた。人狼だと分かると、どんなに優しく好意的だった人々も、その態度を一変とさせる。僕に優しく接してくれるのは大好きな両親だけだった。
「…リーマス、僕達はそんな事に怒っているんじゃない!」
「そんな事…?賢い君達なら人狼がどういうものなのか知っているだろう!」
やはり僕は、人狼である僕は、ホグワーツへ来てはいけなかったのだ。幸せな思い出は増える程、人はもっと欲張りになるのだから。
「僕に噛まれたら、人間は皆人狼になる。…今まで仲良くしてくれて、ありがとう。君達と過ごすホグワーツの生活はとても楽しかった。僕は時機に此処へはいられなくなるだとうから、安心して」
その言葉を紡ぐとき、目の前の彼らを見る事が出来なかった。もうこれから、彼らと関わる事は無くなり、僕はホグワーツを退学する事になるだろう。僕の言葉に、僕の手を握る彼女は泣きそうに瞳を潤ませながら、唇をかみしめていた。君がそんな顔、する事ないのに。どこまでも優しい彼女に、僕は安心させる様に笑いかける。それがちゃんと笑えているのかは、分からないけれど。
この場になんて、これ以上、いられるはずもなくて。僕は逃げる様に、教室から飛び出した。その時に彼女の手を離す事が出来なかったのは、僕の我儘だ。今日だけ彼女を連れ去る事を、どうか許して。
「…リーマス」
いつの間にかやって来ていた湖畔で、彼女は優しく僕を抱き締めてくれた。その途端、堪え切れなかった何かが、僕の頬を濡らす。僕は今の幸せを失いたくなかった。
「大丈夫だよ」
子どもの様に泣きじゃくる僕の背中を、名前はあやす様に優しく叩いてくれたんだ。
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昨日はあのまま、寮に帰る事は出来なくて、あの後リーマスと一緒に必要の部屋へと向かった。寝心地の良いベッドが二つと、小さなテーブルの上にはジャスミンティーが置かれていて、必要の部屋のその気遣いに思わず頬が緩む。リーマスにそれを渡すと、彼はゆっくりと暖かいジャスミンティーを胃に流した。
そして翌朝、あまり眠る事が出来ずにまだ日が昇る前に目を覚ましたのは、彼も同じだった様だ。いつまでも此処にいる事は出来ない。今ならグリフィンドール寮も寝静まっていて、談話室には誰もいないだろうと、私達は寮へ帰る事にしたのだ。寝ていた婦人には申し訳ない事をしてしまったが、合言葉を伝えると寮の入口を開けてくれた。そして其処には、少しだけ期待した通りに、彼らが待っていたのである。
「リーマス、僕達の話を聞いてくれ!」
切羽詰まった様な珍しい様子のジェームズが、私達を視界に入れた途端、そう言葉にする。
「俺達にはリーマスが何だって、関係ないだろ!…友達なんだから!」
「なにを…」
驚いた様子のリーマスは、戸惑った様に三人へ視線を向け、困惑をした色の瞳に私を映した。そんな彼に、私は満面の笑みを向けると、彼は戸惑いの色を濃くする。此処に、最初から私は必要がなかった。
「私は自分の部屋に戻るね。四人で話した方がいいよ」
「名前にも聞きたい事がたくさんあるんだぞ!」
「また後で何でも教えてあげる。じゃあね」
逃げる様に女子寮へと続く階段を上がって、自分の部屋へと向かった。最後に見えたのは、戸惑う様に私を見る四人の顔だった。お邪魔な私は、ここで退散。またシリウスに怒られるかなぁ、とそれだけが少し憂鬱だった。女子寮の廊下にある小さな窓には、綺麗な朝日が広がっていて、今日が彼にとって素晴らしい一日になりますようにと、小さく願った。