私が知っている通りの、あの本に書かれた事が起きると、どうしても私はその出来事を客観的に見てしまう様だった。自分の目の前で起きている出来事を、まるでスクリーン越しに見ている様なそんな不思議な気分になるのだ。
目の前には絶望という表情をする彼と、真剣な眼差しと少しの怒りを露わにする彼ら。何も言わない私を見て、彼は悲しそうに笑い、彼らはさらに顔を顰めた。そんな状況に、私は心の中で安堵の息を吐いた。彼らの友情が、もっと素晴らしい物になると知っているから。
「名前も食べる?このケーキとっても美味しいわ」
「じゃあ一つ貰おうかな。ありがとうリリー」
いつもの様に大広間にあるグリフィンドールの席で、今日はリリーと一緒に夕ご飯を食べていた。途中で珍しく一人でやってきたリーマスが私達の目の前の席に座って、たわいない話をしながら多彩な料理に舌鼓を打つ。お腹が一杯になってきたところで、リリーが美味しそうな苺のケーキを取り分けてくれた。
「んー、本当に美味しい!リーマスもどう?」
「ありがとう」
リーマスへケーキを取り分けると、彼は嬉しそうに笑ってくれた。そういえばいつもの三人は何処にいるのだろう。ふと大広間への入り口に視線を向けると、ちょうど頭に浮かんでいた彼らが中へ入って来た所だった。なにやら彼らがいつもと違う雰囲気だということが、遠目からでも分かる。そして、一目散にこちらへとやって来たのだ。
「リーマス」
近くに来たジェームズが彼の名前を呼んだ事で、リリーはその声の主へと視線を向けた。その顔は先程までの穏やかな表情とは打って変わって、嫌な物を見るように目が細められていた。いつも思うのだが、せっかくの可愛い顔が台無しだ。
「やぁ、君たちどこへ行っていたんだい?」
「ちょっとね」
「食事をしに来たんだろ?座らないの?」
いつまでも突っ立ったままの三人に、リーマスは不思議そうに首を傾げる。彼らの表情は、とても食事をしに来たとは思えない程強張っていた。
「名前、行きましょう」
「うん」
彼がいるところには少しの時間でもいたくないという様に、立ち上がったリリーに釣られ私も席を立とうとする。すると、リーマスを見ていた彼らの視線が私へと向けられた。
「待って名前、君にも話があるんだ。リーマスと一緒に来てくれないかい?」
その真剣なジェームズの表情に、私はこの後何が起こるのかを悟ってしまった。確かあれは彼らが2年生の時に起こる出来事だった筈だ。私という存在がいてもそれは変わりないらしい。
「貴方達ねぇ、」
「ごめんね、リリー。先に帰ってもらってもいいかな?」
「名前!」
「大丈夫、すぐに戻るから。ありがとうね」
私の言葉に納得の言っていない顔をしているリリーは、ひとつ大きなため息を吐くと観念した様に私の意見を酌んでくれた。その背中を見送ると、私達は彼らへと自分の身体を向き直す。
「どこに行けばいいの?」
「…行こう」
リーマスと共に、そんな彼らに連れられてやって来たのは人通りが少ない廊下にある空き教室だった。私達全員が教室に入ったのを確認すると、ジェームズが扉を閉め、杖を取り出し防音呪文を唱える。2年生だというのに既にそんな魔法を習得しているとは、流石首席というべきか。そんな厳重な体制に、隣のリーマスは訳が分からないという顔をして私を見た。
私とリーマスの前に、ジェームズ、シリウス、ピーターが立っているこの状況は、まるでこれから尋問でも行われるかの様だ。ほとんど尋問の様な物になるのだろうけれども。ピーターは少し俯く様に視線を下に向け、シリウスは機嫌が悪そうに腕を組んでいた。そして真ん中に立つジェームズが、意を決した様に口を開く。
「リーマス、君は僕達に隠している事があるね」
そして、冒頭に戻る。その言葉に彼は全てを察した様だった。大きく見開かれたその目は、段々と絶望の色を写していく。
「1年の時からずっとそうだ。リーマスは毎月具合が悪くなるだろ」
今まで黙っていたシリウスの口から出た言葉は、怒りを押し込める様に静かだった。
「…名前はその理由を知っているんだろ?」
私に問いかけた彼の顔は、悲しい様な怒っている様な不思議な表情だ。どうして黙っていたんだと、そう言いたいのだろう。
「…私から話す事は何もないよ」
「名前!」
私からは何も言えない。そんな事は、本当は彼らも分かっているのだろう。それに、私はこの場にいても良い存在ではない。
「…何が言いたいんだい?」
リーマスは俯きながら、少し震えた声でそう問いかける。彼も分かっているのだ。賢い彼らが既に答えを出している事を。
「リーマス、さっきも言ったけれど君は毎月体調を崩していた。1年の時から欠かさず毎月だ。ある夜になると医務室へ泊まる言って部屋で眠る事はない。」
「俺たちはずっと不思議に思っていたんだよ。何か大きな病気を抱えているんじゃないかって」
「そして気づいてしまったんだ。その夜が決まって、満月だという事にね」
ジェームズのそれは、確信の持った言い方だった。賢い彼らにはそれが何を意味するのか、直ぐに分かったのだろう。
「…リーマスは、人狼なんだね」
そのジェームズの言葉に、自嘲気味に笑う彼の声がやけに教室内へ響いた。そして左手を強く握ると、俯いていた顔を上げる。その横顔は、感情の無い様なとても冷たい顔をしていた。
「そうだよ。僕は人狼だ」
リーマス、そんな顔をしないで。映画の様に思えてしまう出来事に、私はゆっくりと瞳を閉じた。これから私の時の様に続くであろう、言葉を思って。