彼女の様子がおかしい。そう気が付いたのはつい最近の事だった。
「苗字さん?」
「す、菅原くん?…どうしたの?」
「いや…、」
今までちゃんと合っていたその視線が俺をチラリと捉えると、彼女は少しだけ目を見開いて勢いよく視線を外した。そんな苗字さんからは、今にでもすぐにこの場から立ち去りたいというようなオーラが漂っている。まともに会話が出来ていないと思い始めたのは、つい昨日の事だった。
「…これから部活だよね、頑張ってね。それじゃあまた月曜日に!」
「ちょ、苗字さん!?」
そう口早に話した彼女は、俺の言葉を聞かずに鞄を持ってさっさと教室から出て行ってしまう。俺の制止の言葉等聞こえていないように、やけに焦った様子だった。
「俺、苗字さんに何かした?」
部活に行こうと同じクラスである大地がこちらへ近寄ってくるのを確認し、そう問いかける。今の俺もきっと相当焦った表情をしているだろう。
「様子おかしいな、あいつ」
「…やばい、嫌われた」
好きな女の子からあのような態度を取られてしまうと、流石に落ち込む。いや、かなり落ち込むに決まっている。
「苗字と何かあったのか?」
「いつも通りだと思うんだけどなぁ。俺、何かしちゃったのかな」
「それとなく聞いとこうか」
「すっげぇ助かる!」
大地の提案に、思わず縋るような思いでお願いをする。俺から彼女に直接聞ける勇気もないし、此処は仲の良い大地から聞いてもらうのが最善だろう。
最近自分でも、苗字さんとちょっといい感じかも。だなんて思っていたのだが、俺はだいぶ自惚れていたらしい。
「まぁ、あんま気にすんなよ」
「無理だって」
いつのまにか目の前には体育館があって、バシンと大地に背中を叩かれながら俺達も練習着へと着替えるべく部室へと向かった。
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「あー、まぁ結論から言うと、何も気にしなくていい」
土曜日の部活終了後。午前中に練習があった今日は、ジリジリと日差しが照り付ける時間に部活が終わった。大地から話があると呼び出され、二人で肩を並べて学校を後にする。少し後方では、旭が西谷に何かを言われたのかオロオロとしている様子が分かった。
大地は昨日の苗字さんの話だと切り出すと、開口一番にそう口にする。昨日の提案をすぐに実行してくれたのかと、その仕事の早さに感謝しかないのだけれども。
「スガの事が嫌いとかそういうんじゃないから。むしろその…」
相当眉間に皺がよっているだろう俺の顔を見て、大地は慌てた様に言葉を付け足した。その言葉にとりあえず一安心をするも、含みのある物言いが気になってしまって仕方がない。
「苗字さんに嫌われたとか、そんなんじゃない?」
「ああ。これはもうあいつの問題だから」
「いや、それは本当によかったんだけど。何その含みのある感じ」
気にするなと言われたら、余計気になってしまうのは当たり前の事で。嫌われていなかったという事が分かって嬉しい気持ちと、最近の苗字さんの様子と大地の言葉と。もやもやとした気持ちは、とても拭いきれやしない。
「苗字さんに直接聞いてくれた?」
「昨日の夜に電話で聞いたよ」
「さすが大地、ありがとな。で、もうちょっと詳しく聞きたいんだけど」
「…とにかく!苗字には嫌われてないから。この話はこれで終わりな」
これ以上聞いても、きっと大地は何も教えてくれない。ムッとした様な顔をすると、大地はひとつ肩を竦めて旭達がいる方へ駆け寄った。珍しく歯切れの悪い大地が、苗字さんから何かを聞いたのは間違いはないだろう。月曜日にはまた一週間が始まるわけで、また彼女に会う事が出来る。もうこの際、自分で確かめるしかないのだろうか。
あと少しで始まる夏休みの前に、苗字さんとの関係が少しでも元に戻る事を、今は願わずにはいられなかった。