「あら、リーマスと仲直りしたの?」
リリーのその言葉に、私は満面の笑みで頷く。
リーマスに私がアニメーガスだと知られてしまったのは今朝の出来事で、あの後私はリーマスの前で子供の様に泣いてしまったのだ。
「名前が何でそんな事を言うんだっ…それを言うのは、僕のほうなのに…!」
私を抱きしめてくれたリーマスは、泣きながらそう口にした。それが嬉しくて、私はまた泣いてしまう。もう2人して涙でぐちゃぐちゃな顔をしているのだろう。
「…名前、ありがとう。これからも、友達でいてくれる?」
「…っ、当たり前でしょ?」
彼の細い背中に、私も腕を回して、なるべく明るい声でそう言った。意識をしなければ、もっと泣いてしまいそうだったから。
「もうっ、何があったの?」
そして冒頭に戻る。朝食の席での私達を見たリリーは、私と2人きりになると開口一番にそう言った。
「ごめんね、内緒でもいい?」
「…目が赤い理由も聞かないほうがいいのね?」
さすが彼女だ。泣いてしまった事も、リリーには隠せてはいない様だった。ちゃんと冷やして、隠す様に薄く化粧もしたというのに。
「ごめんね」
「いいの。2人が仲直り出来たんだから」
優しい彼女につられるように、私も笑った。
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「ねぇ、リーマス。必要の部屋って知ってる?」
授業が全て終わり、夕食前の少しの時間。私はリーマスの腕を引っ張りながら、彼を必要の部屋へと案内した。今朝は泣いてしまって、ちゃんと話をする事が出来なかったから。もう一度、彼と話をしたかったのだ。そんな私の思いを察してくれたであろう彼は、笑いながら私の後をついてきてくれる。
「へぇ、こんな部屋があったんだ」
必要の部屋へと足を進めた彼がまず口にしたのは、感嘆の言葉だった。
私の考えを組み込んでくれたであろうその部屋は、落ち着いた雰囲気に、ふかふかの大きなソファと、その前の机には紅茶のポットとクッキーが並べてある。お話をするにはもってこいの部屋、というわけだ。
「ここは自分が望む部屋になるの。部屋の前で自分が欲しい部屋を望むと、扉が現れるみたいなんだ」
「すごいね。本当にホグワーツは何でもアリだなぁ」
「内緒にしてくれると嬉しい」
「ははっ、分かった」
ふかふかのソファに肩を並べる様に座り、ティーポットからカップへ紅茶を注ぐ。茶葉のいい香りが広がれば、優雅なティータイムの時間が始まる。
「いつからアニメーガスに?」
紅茶を飲んでクッキーを口に運ぶ。美味しいだとか、他愛もない話をして訪れた沈黙を破ったのはリーマスだった。
「アニメーガスになろうと思ったのは入学前から。ちゃんと成功したのはつい最近だよ」
「入学前から?」
「うちにたまたまそういう本が多くあって、興味を持ったの」
「流石フラール家というべきか、なんというか。それでそんな数年で成功するなんて」
「一生懸命頑張ったんだから。これでも遅いくらいだった」
そう、本当は1年生の頃に成功したかったのだ。それがこんなにも時間がかかってしまった。見た目はまだ子供だが、中身はそうではない。小さい時からそれを武器に頑張ってきたのだから、私にとっては本当に遅いくらいなのだ。
「…人狼だと知ったのは?」
「1年生の終わりくらいかな」
「僕の事、軽蔑しなかったのかい」
彼の瞳が揺れるように私を見る。
「だってリーマスはリーマスじゃない。私の友達だもん」
彼の言葉を待たずに、私はさらに言葉を続ける。
「人狼の事は知っていたから、少しは怖かった。…でも、リーマスだって考えたら、怖いのなんてどっかに消えちゃったんだ」
もう一度クッキーに手を伸ばして、可愛らしい花の形をしたそれを咀嚼する。甘さが口に広がって、心まで満たされる気分だった。
「名前、君は変わってるね」
「それは褒め言葉?」
「もちろん」
そんな彼の顔がとても優しくて、久しぶりに見たそんな顔に安心をした。リーマスは一度紅茶を口にすると、さらに言葉を続ける。
「休暇前の満月の日、あの時もミアがいてくれただろう?僕はずっとミアの飼い主が誰か知りたかったんだ」
「飼い主?」
「どうしても野良猫には見えなかったから、飼い主がいるだとうと思ってね。その飼い主にお礼が言いたかったんだよ。
飼い主は僕とミアの関係なんて知らないはずだから、そんな事を言っても意味ないと分かっていてもね」
「お礼なんていらないのに」
私が好きでやった事だ。彼がお礼を言うのは違う。そんな私の言葉に、珍しくリーマスがムッとした様な顔をする。
「名前、僕はミアのおかげでとても救われたんだ。あの小さくて可愛らしい子猫がいるだけで、憂鬱な満月の夜でも少しだけ安心できた」
「…リーマス」
「ミア、つまり全部名前のおかげなんだよ」
その言葉を聞いて、また少し涙が出そうになる。最近というか、特に今日は涙もろくて嫌になるなぁ。
「それで飼い主を探していたんだけど、一向に見つからなくてね。あの日ミアの後をつけたんだ。
飼い主の寮くらいは分かるかなと思って」
「えっ」
まさかつけられていた?私が?まずい、全く気が付いていなかった。
「あの日はなんだか眠そうだったから。いつものミアなら分かるんじゃないかな。疲れていたの?」
「嘘でしょ…、全く分からなかった…」
「そうしたら何故か禁じられた森の中に入って行って、そこから出てきたのが名前だったから。」
なるほど、だから彼はミアが私かもしれないと思ったわけだ。気が付いたのがリーマスだからよかったものの、これは本当にまずい事だ。これからはもっと気を付けなければならない。
「今度からはもっと気をつけなくちゃ駄目だね…」
ため息を吐いて、先ほどの話を聞いてカラカラに乾いてしまった喉を潤す。紅茶の味に、少しだけ気持ちが落ち着く気がした。
「名前、もう満月の夜にミアになる必要は無いよ」
それは私がミアだと分かったら、必ず言われるであろう言葉だと思っていた。優しいリーマスが、そんな私の行動を許す筈がない。
「そう言われると思った。だけど私は狼の貴方を少し離れた所から見ているだけ。
襲われそうになったら、小さい私ならすぐに隠れられるし。まずリーマスはそんな事しないよ」
そう言って笑う私を見た彼は、何かを言いたそうな顔をして、静かに一つため息を吐く。私に何を言っても無駄だと、頭の言い彼は分かっているんだ。
「本当に、名前は変わっているよ」
少し泣きそうな彼の声に、私は小さく笑った。