「ねぇー!聞いてよ!」
春休みも終わり本格的に講義が始まった今日、いつものように大学へ行くと仲の良い友達が興奮した様子で話しかけてきた。頬がほんのりと赤く、目はキラキラと輝いている。
「どうしたの?」
「ほら、今年から他の学部もこっちの校舎に移動してきたでしょ?」
「工事終わったみたいだからね〜」
先日蛍くんとも話していたとおり、改装工事が終わり広くなったこの校舎には、今年から違う学部の人達も移ってきた。朝来るときには、今までより人が多くてちょっと大変だった。
「たぶん違う学部だと思うんだけどね、すごくかっこいい人がいたんだよ!!」
「ああ、なるほど」
「何年生かなー?見たことない人だったけど、新入生ってかんじじゃなかったんだよね〜」
女の子はやっぱりかっこいい男の子が好きだと思う。付き合いたいとかそういうもの以前に、芸能人みたいにただ見ていたいっていう子も多いだろう。女の子が何人か集まれば、誰がかっこいいとか誰が気になってるとか、そういった話題になってしまう。確かにそういった会話は面倒くさいこともあるけれど、やっぱり楽しいのである。
「名前なんていうのかなぁ!
名前も気になるでしょ?」
「そんなにかっこいいなら見てみたいかも」
「見かけたら教える!」
そんな話をしていれば、教授が入ってきて講義が始まった。やっぱり1限は辛い。眠くて仕方がない。眠たい目をこすりながら、授業に集中すべく、マイク越しの教授の声に耳を傾けた。
「名前ちゃん」
落ち着いた心地のよい声が私の名前を呼んだ。振り向くと、少し口角をあげた蛍くんと目が合う。初日から構内で会えるなんて、ちょっと嬉しい。
「蛍くん!」
「今日はもう終わり?」
「うん、4限までだから。
蛍くんは?」
「僕もおわり」
蛍くんと大学内で肩を並べて歩くなんて。なんだか新鮮でちょっと気恥ずかしい。
「わーほんとに蛍くんがここにいる」
「なにそれ」
「新鮮だなぁって思ってね」
彼と話しながら歩いていると、ふと女の子の視線がこちらを向いていることに気がついた。さすがだなぁなんて、隣の彼をひっそりと盗み見る。
「ねぇ、これから暇なら行きたいトコあるんだけど」
「行きたいところ?」
「ほら、近くに喫茶店あるでしょ?」
「ああ、もしかしてショートケーキのとこ?」
「そう」
そういえばこの大学の近くに、口コミで有名な喫茶店があった。私も何度が行ったことがあるけれど、あそこのケーキは本当に美味しい。特にショートケーキが美味しいと評判だった。
「あそこのショートケーキ美味しいんだよー。
蛍くんにも食べてもらいたいって思ってたんだった!」
「……そう」
「行こっか!」
少し嬉しそうな蛍くんがなんだか可愛いらしい。彼は本当にショートケーキが好きみたいだ。最初に蛍くんの好物を聞いたときは少しびっくりしたけれど、今ではショートケーキを見るたびに蛍くんを思い出してしまう。うわあ、わたし、すごく蛍くんが好きみたいだ。なんだかちょっと恥ずかしい。
こうやって学校の後にどこかへ行ったり、一緒に帰ったりするのは高校生のとき以来だった。今日はバイトが入ってなくてよかったなぁ。
「そういえば蛍くんはどこに住んでるの?」
「名前ちゃんの最寄りの隣。
こっちのほう来たばっかだから、まだ慣れないんだよね」
「じゃあわたしがいろいろと案内します!」
「はいはい、よろしくね〜」
途中から校舎が変わるなんて大変だろうなぁ。家も大学から近いほうがなにかと便利だし、わたしの家も大学の最寄りから5駅先のところだ。隣の駅だしこれから会うこともきっと多いだろう。そう考えると自然と顔がにやけてしまう。
「なに、ニヤニヤしてるの」
「なんでもない!」
蛍くんも同じように思ってくれたらなんて。不覚にもそんなことを思ってしまった。