新着メッセージを告げるアプリを開いて、彼女の言葉に急いで自分の荷物を抱えて教室を飛びたした。予想もしていなかった出来事に、驚きと不安でいっぱいになる。嬉しいと思う反面、こんな男しかいない所に1人でやって来るなんて。
見慣れた伊達工の校門には可愛いと噂の制服を着た女生徒が1人と、遠巻きに見ている伊達工生が数人。その姿に溜息を吐きながらも、俺は早足に彼女に近付いた。俺に気が付いた彼女は、安心したように笑う。
「堅治!」
「名前、なんでいんの」
こうやって放課後に会える事なんてあまり無い。毎日部活はあるわけで、学校だって違う。そもそも会える時間も少ない。テスト期間だからバレーが出来なくて最悪だ。そう前までは思っていた。
「…来ちゃだめだった?」
「そんなわけないだろ。…びっくりしただけ」
こうやって名前と一緒に過ごせるなら、バレーが出来ないこういう日も悪くないと思う。彼女の白くて綺麗な手を握って、羨ましそうに俺たちを見る周りの目に、にやけそうになる顔を必死に抑えた。ニコニコと笑いながら俺の手を握り返す名前と出逢ってもうすぐ1年だ。時の流れはこんなにも早いんだと、改めて思った。
「青根くん!」
この場所に似つかわしくない高めの声が響いたのも、文化祭ならではのものだ。しかし、その声が呼ぶ人物が意外だったから、俺も他のみんなもひどく驚いたのを覚えている。バレー部としてたこ焼きを売っていた俺達に近付いてきたのは、初めて見る女の子だ。
「青根くん久しぶりだねぇ。また身長大きくなった?」
その時の鎌先さんの顔は相当見物だった。茂庭さんも驚いた様に青根を見ている。俺は、青根に嬉しそうに話しかける女の子がいるのだと思ったものだ。彼女の話を聞きながら頷き、時折言葉を発しているチームメイトに、俺は興味本位に近付く。単純に、青根と話す女の子に興味を持った。
「なに、青根の彼女?」
「おい、二口!」
「茂庭さんだって気になってるしゃないですか〜」
俺を見てびっくりした様な顔をする彼女は、青根と一緒にいるからかやけに小柄に見えた。
「青根くんのお友達ですか?」
「どーも、同じバレー部です」
チラリと俺を見た青根は、いつもの顔で小さく呟く。
「…同級生」
「同中?」
「そうなんです」
「へぇ、じゃあ同い年か」
「そうなんだ!」
嬉しそうに笑う彼女は、とても表情豊かな普通の女の子だった。こんな可愛らしい女の子が青根と仲が良いなんて、何故か少し腑に落ちない。
「二口堅治。よろしく」
「苗字名前です」
この時からもう、俺は既に君を好きになっていたんだと思う。所詮、一目惚れというやつだ。
「なぁに、どうしたの」
「…なんでもない」
「考え事してたでしょ?」
いつも歩いている帰り道を、こうやって名前と手を繋いで歩くなんてとても新鮮だ。下から覗き込むように俺を見る彼女を見て、思わず笑みが零れる。
「名前の事好きだなぁ、って考えてただけ」
「…ちょっと」
「何回言っても慣れないよな。かーわいい」
「急にそんな事言うからでしょ…堅治のばか」
「そんな俺が好きなくせに」
「…好きじゃないもん」
林檎みたいに顔を赤くする彼女は、ぎゅっと眉を寄せて俯く。髪の隙間から覗く耳まで赤くなっていた。
「うそ、だいすき」
真っ赤にした顔でそんな事を言うから、俺もつられて少し顔が赤くなる。名前は素直にこういう事を言ってくるから困るんだ。
ああ、なんて幸せなんだろう。ガラにもなく、そんな事を思う。握っていた手をギュッと握って、嬉しそうに笑いながらその手を握り返してくれる名前を見て、とても暖かい気持ちになった。
「俺も大好きだよ」
彼女とこれからも、幸せで楽しい思い出を作っていこうか。