「どうしたの?考え事?」
前の席に座る彼女は不思議そうな顔でそう尋ねた。先日行われた席替えで、見事窓側の一番後ろの席という絶好の位置を手に入れた俺の前の席に座るのは、なんと苗字さんだった。仲の良い人が近くにいると嬉しい。そう思いながら、お互いに挨拶を交わしたのを覚えている。
「珍しく怖い顔してる」
「えっ、俺が?」
「うん、菅原くんが」
人にも分かる程、自分はそのような顔をしていたのだろうか。怖い顔だなんて、女の子に言われるのは少しショックだ。今なら旭の気持ちも分かる気がする。
「なんでもないよ」
そう彼女に笑いかけると、苗字さんも小さく笑って前に向き直った。その後すぐに担任が入ってきて朝のショートホームルームが始まる。
彼女の背中を見ながら、ついこの間の事を思い出した。バレー部の後輩である西谷が、うちのクラスに来た時の事だ。楽しそうに話す後輩と、目の前に座っている彼女の姿を見て何とも言えない気持ちになったのを今でも覚えている。2人が知り合いだったなんて思ってもみない事だ。2人の間に会った出来事を聞けば、それはもちろん納得のいくもので、明るい西谷ならばすぐに苗字さんと仲良くなる事も当然だろう。でも、なぜか納得しない自分がいるのだ。こう、何か釈然としないというのだろうか。何だかモヤモヤとするというか。自分の胸の奥のほうに閉じ込めてある物に気が付いてしまえば、後には引けない気がして。この関係を壊したくないだとか、そんな甘い考えなのだろうけれども。
そんな事ばかりを考えていれば、先ほどから何かを話している担任の言葉など、まるで耳には入らなかった。
「おい、スガ!…聞いてるか?」
「え?…あー、ごめん。聞いてなかった」
大地にそう指摘されるのはここ数日で何度目だろう。机の上に広げていた弁当箱の中身が全く減っていないという事は、また無意識に考え事をしてしまっていたらしい。
「なんか最近ボーっとしていること多いぞ」
「そんなことないよ」
「嘘つけ。しかもさっきから苗字ばっかり見てる」
「は?」
突拍子もない言葉に、思わず大きな声を上げてしまう。確かに俺の正面の少し離れた所には、楽しそうに友達とお弁当を食べている苗字さんがいるわけなのだが。
「今だけじゃないけどな。最近よくあいつの事見てるけど、何かあったのか?」
「…俺、そんなに苗字さんの事見てる?」
「気づいてないのかよ」
無意識って怖い。そんなつもりは全く無かったのだが、ついつい苗字さんの事を考えてしまうのは、自分でも分かっている。
「この間、教室に西谷が来たじゃん?」
「ああ、苗字に10円を返しに来たっていうやつな」
「あの時の、やけに西谷と仲良さそうに話す苗字さんを見てから、何かこうずっとモヤモヤしててさ」
誰かに言って欲しかったのだろう。
「…お前それって」
「わかってる」
ひどく驚いた様な顔をする大地を見て、だいぶモヤモヤがスッキリとした気がした。