text | ナノ

私の名前を呼んだ大きな声が、やけに教室に響いた気がした。その聞きなれない声に首をかしげて、音が聞こえたほうに顔を向ける。私のことを”苗字先輩”と珍しく呼んだのは、あの元気な男の子だったようだ。

「…あ、」

「後輩なんて珍しいね。名前の知り合い?」

部活にも入っていない私を後輩が訪ねてくるなんて、そうそう無いことだ。せめて委員会くらいだろうか。不思議な顔をしているみっちゃんは、教室の扉の近くに立つ男の子を見ながらそう言った。
お昼休み中であるクラスの皆は、彼の大きな声に一度だけ私達に視線を向けた。こうやって注目されるのは、あまり無い事なのでなんだか恥ずかしい。またすぐに、興味をなくしたクラスメイト達は何事もなかった様にいつもの光景に戻る。

「ちょっと行ってくるね」

みっちゃんに送り出されながら教室の扉の近くへ向かうと、そんな私に気が付いた彼が嬉しそうに笑った。本当に元気な子だなぁ。彼の名前は確か、西谷夕くんだ。

「西谷くん?」

「苗字先輩!こんにちは!」

「こんにちは。どうしたの?」

西谷くんの元気な挨拶に返事をして用件を尋ねる。すると彼はポケットから何かを取り出す様な仕草を見せた。

「これ、返しに!ほんっとうに助かりました」

渡された10円玉を見て、昨日のことを思い出した。そういえば彼に10円を貸したっけ。

「わざわざありがとう。2年生の教室に来るの、大変だったでしょう?」

「いや、全然!苗字先輩が教室にいなかったらどうしようかとは思いましたけど」

そう言って笑った彼に、見た目とは違って律儀なのだと失礼ながら思ってしまった。珍しい髪形とやんちゃそうな雰囲気からは想像が出来なかったのだ。
そんな西谷くんと談笑をしていると、今度は聞き慣れた声が聞こえた。

「えっ、西谷?」

「おー、西谷じゃん。何してるんだこんなところで」

驚いた様な顔をする菅原くんと、相変わらず冷静な澤村はとても対照的な反応をしていた。購買から帰ってきたらしい2人は、西谷くんと私を見て不思議そうな顔をする。どうやら西谷くんは彼らとも知り合いの様だった。

「ちわっス!先輩達もこのクラスだったんですね!」

「そうだけど…、苗字さんと西谷は知り合い?」

昨日のことを話すと少し長くなる。そう思ったのは西谷くんも同じだったようで、彼は苦笑いをしながら頭をかいた。変わりに私が簡単に昨日会ったことと、今日彼が何しに来たのかを2人に説明する。

「西谷らしいな」

私の説明に澤村は納得したように頷いた。澤村の言葉に、まだ西谷くんには2回しか会った事はないけれど、何故だが私も同意出来る。勝手なイメージだけれども、彼は忘れ物などが多そうだ。

「悪いな苗字、西谷が迷惑掛けて」

「迷惑じゃないよ、気にしないで。ところで、3人はどういった関係なの?」

やけに仲がよさそうな3人に、先ほどから疑問に思っていたことを問いかける。西谷くんもバレー部なのだろうか。

「西谷はバレー部の1年だよ。後輩」

「っす!」

菅原くんの言葉に元気よく返事をした西谷くんは、やはりバレー部のようだった。こんな1年生がいたら、部活にも活気が出るだろう。

「へぇ〜、西谷くんもバレー部なんだぁ」

「教室に西谷がいるし、しかも苗字さんと話してるからすごいびっくりした」

「そんなに?」

「そんなに!」

確かに先ほどの菅原くんはひどく驚いていた様だった。それはそうか。自分の部活の後輩と私が知り合いだとは思わないだろうから。
西谷くんの背中を見送りながら、後輩という存在が少し羨ましく思えた。