「名前はこれからバイト?」
「今日は無いよ」
「そっかぁ、いいな。私はバイトだから先に帰るね」
「うん、頑張ってね」
「ありがとう!」
今日の最後の講義が終わり筆記用具やノートをまとめていると、隣で同じ講義を受けていた友達は既に荷物をまとめ終わったのかリュックを背負いながらそう話し掛けてきた。バイトがあるという彼女を見送って、私も早く帰ろうと荷物を自分の鞄の中に入れる。
昨日の山口くんとの電話を思い出しながら、この後蛍くんは空いているのだろうかと考えた。特に約束をしているわけではない。今日はいつか2人で映画を観に行った日と同じ曜日だ。後で連絡でも入れてみようか。私は彼に言いたい事があるのだ。そんな事を考えながら講義室を出ると、たまたまどこかで見た顔と鉢合わせる事になった。
「あ」
私と彼の声がちょうど重なり、驚いた様な顔をした彼と目が合う。きっと私も同じ様な顔をしているのだと安易に予想が出来た。
「名前ちゃん、だよね?」
「蛍くんのお友達…」
「そうそう、覚えててくれたんだ。久しぶり」
「そうですね。びっくりしました」
「俺も俺も。っていうか同い年だし、敬語いらないよ?」
「あー、うん」
なんとなく流れでそのまま肩を並べた私達は、向かう方向が同じだからなのか、一緒に正門まで歩く事になった。とても可笑しな組み合わせだろうと思う。私の歩幅に併せて歩いてくれる彼は外見が良いという事もあり、こういうものに慣れているのかもしれない。
「今日は蛍くんは一緒じゃないの?」
「あー、さっきまで一緒にいたんだけどな」
「へぇ、そっか」
「月島に何かあった?」
「ちょっと話したい事があって」
「ふーん…。あ、あれ月島じゃん」
校舎から外に出ると、隣の彼が少し先を指さした。そこには私が会いたかった蛍くんの姿。そしてもうひとつ、蛍くんの隣にはどこかで見た様な女の子が立っていた。
「お取込み中かな」
「あー、あの子な。最近やたらと月島に話し掛けてくんだよ」
「へぇ…」
どこかで見た事のあるような顔だと思っていたら、いつの日か食堂で蛍くんに話し掛けていた彼女によく似ている気がした。きっと、あの時の子だ。蛍くんの事を狙っていると言っていた。私の胸の中に出来たこの黒い感情は、目の前の2人を見ているだけでこんなにも大きく広がっていく。あの女の子とっても可愛いな。蛍くんとお似合いだなと、嫌でも思ってしまうんだ。
私が蛍くんの事をどう思っているかなんて、本当はもうずっと前から知っていた。この感情の意味なんて、ずっと前から分かっていたんだ。
「あの子と蛍、最近よく話してるよ」
自分であの時彼の思いに返事を返せなかったくせに、今さらこなん事を思うなんて。なんて私は自分勝手なのだろうか。気が付いた時には、いつだってもう遅いんだ。
「ちょっ、名前ちゃん!」
勝手に溢れ出てくる涙を誰にも知られないように、私はその場から走り出す。最後に、驚いた彼と目が合った気がした。こんな自分勝手な涙を、彼に見られていませんように。こんな自分が、大嫌いだ。