「苗字ちゃんはさ、月島の事好きなの?」
その黒尾さんの言葉が、やけに耳に残った。
みんなでご飯を食べた日の夜。お風呂も入って、さぁ寝ようとベッドの上でゴロゴロしていると、電話の着信を知らせる音が部屋に響いた。着信の相手は黒尾さんで、何となく話の内容が分かったものだから、出るのがものすごく嫌だったのは内緒である。
渋々と着信ボタンを押せば、案の定、蛍くんの事でからかわれた。あの相談の相手は蛍くんだったんだなと、そりゃあもう彼は楽しそうに笑っていた。そして今黒尾さんから投げかけられた言葉に、私は上手く返事をする事が出来ない。
「好きっていうか、なんというか…」
「告白されたって言ってたよな?
今日見た感じだと、月島はグイグイ行ってるみたいだったけど」
「蛍くんの事は大好きです。優しいし色々と気に掛けてくれるし…でもそれが恋愛的な意味でなのかって聞かれると、よく分からないんですよね」
「友達としての付き合いが長いみたいだしな。難しい所だな」
「正直、そういう風に蛍くんを意識した事がなかったから」
「ふーん…まぁ、俺は時間の問題だと思うけどな」
「…どういう意味ですか?」
「まぁ、何でも話なら聞くからさ。もちろん協力もするぜ?」
「私達の事は放って置いてくれて構わないので…」
「おいおい、そんなに嫌がらなくてもいいじゃねーか」
黒尾さんが入ってくるとややこしくなる気がする。本当に辞めてほしい。この先輩はお節介というか、なんというか。まぁ、こういう面倒見の良い所が好きなのだけれど。今それを発揮しなくてもいいと思うのだ。
「まぁ、頑張れよ?何かあったら何でも言えよ」
「…ありがとうございます」
一応、彼の好意に感謝を述べて電話を切った。何もないといいんだけどなぁと思いながらも、襲ってきた睡魔に瞳を閉じる。明日は1日予定も無いし、掃除でもしてゆっくり過ごそうと、眠りについた。
日曜日はゆっくりと家で過ごし、週の始まりである月曜日。今日は1限から授業がある為に早起きをしたからか欠伸が止まらない。無事に午前中の授業を終え、友達と待ち合わせ場所である食堂の端の席で、意味もなく携帯を触っていた。お昼時の食堂は生徒達で混んでいる。
「ねぇねぇ、あの人とこの間話せたんだけどさ〜」
「あ、この前言ってお気に入りの?」
「そう!みんなかっこいいって言ってるんだよ?」
「私もチラッと見たけど、あれはイケメンだわ。身長高いし」
少し席を空けて、私と同じテーブルの席に座る女のふたりの会話が、なんとなく耳に入る。女の子はやはり恋バナが好きなようで、よく耳にするありきたりな内容のようだ。人の会話を盗み聞くなんてなんだか悪い気がするが、聞こえてしまうものは仕方がないだろう。
「彼女いるのかなぁ…、私狙っちゃおうかな」
「いいじゃん、いきなよ!」
「実はさ良い感じだった気がするんだよね」
「彼と?」
「そう!一緒にいた友達にも、いいじゃんって言われた〜!」
「脈アリってやつ?いいなぁ、羨ましい!」
楽しそう話をする彼女達の笑い声を聞いて、青春だなぁなんて、暢気な事を考えていた。
「あっ!月島くん!」
その女の子の呼んだ名前に、思わず自分の心臓が跳ねた。
顔をほんのり赤くしながら、蛍くんに近寄り2人で楽しそうに話をしている。そんな光景を見ているだけで、自分の中の悪い物がドクドクと出てくるような、そんな気分になる。
最悪、だ。ぐちゃぐちゃとした自分の気持ちを無視するように、私はその光景から目を逸らした。あんな光景、高校時代に見慣れていたはずなのに。
思ってもみない瞬間に、ふとした何気ない時に、こうやって気付かされるんだ。